商店街へと向かう道すがら、なまえと八重はこれまでの空白を埋めるように様々な話をした。そのほとんどが八重自身の話だったが、それでいいのだとなまえは心中安堵していた。今はまだ自分のことを落ち着いて話せるような心境ではない。ひとことでも零せば危うい均衡で保たれた心はすぐにでも崩れてしまいそうだった。八重にはそんな自分を見せたくない。八重の話に相槌を打ちながら、なまえはただ自分の話へと向かうことがないよう願うばかりだった。



「お姉ちゃん」

「ん?」

「お姉ちゃんは……シカマルさんに、会えた?」

「!」



 ぴたり。ふいに問われたその内容に思わずなまえの足が止まった。八重はそんななまえの様子など気にする風でもなく楽しげに顔を覗き込んでくる。



「……覚えて、たんだ」

「当たり前だよ! だってなまえお姉ちゃんってば、いつもその話してたじゃない」

「っ、」

「……お姉ちゃん?」



 訝しげな八重の声になまえはあの家で過ごした日々のことを思い出していた。理不尽な暴力を受ける度、自分に言い聞かせるように何度となく八重に話して聞かせたシカマルとの約束。内容までは話さなかったものの、それが自分にとって大切な約束であることを八重は理解していたのだろう。だからこそシカマルと再会したなまえが幸せでいると信じて疑わない、まっすぐな八重の瞳をなまえは直視することができずに瞼を伏せた。



「お姉ちゃん……なんでそんな顔してるの……?」

「……」

「会えて、ないの……?」

「っ、う、ううん……」



 かろうじて首を横に振ったなまえに八重は首を傾げる。幼い自分に話してくれたなまえは心底幸せそうな表情を浮かべていた。それなのに今は幸せとはお世辞にも言い難い曖昧な笑みを浮かべるのみ。いくらまだ子供と言われる歳だとしても、それに気付けないほど八重は子供ではなかった。



「なにか、あった……?」

「……なに、も」

「嘘だ! じゃあなんでそんな泣きそうなの? なんでそんな困った顔するの?」

「……っ、八重ちゃ、」



 八重の言葉ひとつひとつがなまえの心に突き刺さるようだった。子供は時にその純粋さ故の残酷さでもって他人を追い詰めてくる。八重の場合はなまえの様子に触発されてのことだが、それでもどう応えたらいいのか解らずなまえは顔を上げることすらできない。



「八重、なまえをあまり困らせるな」



 見かねたパックンが静かに八重を窘めた。それにいささか不満げな顔を見せた八重だったがパックンの瞳に真剣な光が宿っていたことと、なまえの笑っているのに泣きそうな表情に渋々口を噤んだ。それでもまだ気になるのかなまえとパックンの顔へ交互に視線を向ける八重にパックンは溜め息をひとつ吐いた。



「……早く、買い物、行こ」

「……ああ」



 堪えきれず足早に商店街へと再び足を向けたなまえを横目でちらりと窺ったパックンはその憂いに満ちた表情にかける言葉すら浮かばない。そしてそのまま消えてしまうのではと錯覚するほど、なまえの背中は儚く頼りなげに見えた──










「どうして……」



 ぽつり。なまえの背中を見つめながら八重は茫然と呟いた。どんなに酷い暴力を受けても、まともに食事を与えられなくても、幼い頃のその約束を口にするあの頃のなまえの表情はいつでも穏やかだった。見ている八重も思わず口元を緩めてしまうほど幸せな空気に包まれていた。そんななまえを見続けてきたからこそ、木の葉に戻ったなまえがシカマルと再会して笑って暮らしていると八重は信じていたのだ。



「奈良、シカマル……」



 ふたりの間になにがあったのか──本来ならば他人の八重がそこに干渉するべきではない。なまえもきっとそれを望んではいないだろう。そんなことは百も承知していたが、それでも八重はなまえのためにできることなら何でもしてあげたいと思っていた。それはなまえが川に投げ入れられたあの日に八重の心に刻み込まれた想い。なまえには誰よりも、何よりも幸せになって欲しい──










「パックン……教えて欲しい、ことが……ある」



 射抜くような鋭い眼差しの八重がパックンにそう切り出したのは、部屋全体がオレンジ色に染まり始めた夕刻のことだった──



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