「だからー……ごめんって、ね?」

「……」



 なまえの膝の上でパックンはじとりと目の前の少女を睨んでいた。なまえと自来也との感動の再会に水を差しては悪いとその場を離れようとした途端、乱入してきたこの少女の足がパックンを思い切り蹴飛ばしたのだ。おかげで気を利かせたつもりが逆になまえに気を遣わせてしまい、結果的にその場に溢れていた感動の雰囲気は総崩れとなったのだ。パックンの機嫌が悪くなるのも仕方がない。



「パックン、もう許してあげて? 八重ちゃんだって悪気があったわけじゃないし……」

「……ふん、仕方ないのう」

「わあ、ありがとう! なまえお姉ちゃん大好きっ!」

「おい」



 べったりとなまえの隣で上機嫌な八重に自来也も苦笑を零す。想像はしていたが、なまえに会った八重の喜びようは想像以上のものだった。なまえもまた八重の安否を気にかけていたのだろう。八重の頬や肩を確かめるように撫でる手は微かに震えていた。



「またこうして八重ちゃんと会えるなんて……夢、みたい」

「うん……おじさんのおかげだよ」

「おじさん?」

「うん! 自来也のおじさんがね、」

「こら八重、ワシはおじさんではないぞ?」

「あ、おじいちゃんだった?」

「……八重ちゃん」



 歯に衣着せぬ八重としょんぼり肩を落とす自来也の会話になまえは目を細めた。こんなに楽しいと感じたのはいつ以来だろうか。こんなに心穏やかな時間を過ごせる日が来るなど、あの頃は夢にも思わなかった。毎日毎日いわれのない理不尽な暴力に怯え、小さくうずくまっていたあの頃が嘘のようだ。
 これからここで自来也と自分と八重、三人での新たな生活が始まる。そう思うとなまえの目に映る世界は今、鮮やかに、華やかに色付き始めていた──










「自来也さま、片付けたら買い物に行ってくるね」

「っ、あたしも! あたしも行く!」



 食卓を囲み、賑やかで楽しい朝食を終えた居間。食後のお茶を啜りながらそう切り出したなまえの言葉に誰よりも早く八重が反応を示した。八重も楽しくて仕方がないのだろう。満面の笑顔で目を輝かせた八重になまえも自来也も目を細める。



「じゃあ一緒に行く? いいかな……パックン」

「……大人しくしておれるならな」

「やったあ! じゃあ早く片付けよ?」

「……やれやれ」



 慌ただしく動きだした八重と、そんな八重に急かされたなまえの姿が台所に消えるのをパックンは溜め息を吐いて見送った。台所からは楽しそうに笑うなまえと八重の声が聞こえてくる。はあ、更にひとつ溜め息を吐いて振り向いたパックンは、人の悪い笑顔を浮かべて茶を啜る自来也と目が合った。



「お前も大変だのう?」

「……あの娘は?」



 そう。朝からの騒ぎに掻き消されてうやむやになっていたが、昨晩感じたもうひとつの気配はあの少女だったのだろう。なまえとどういった関係なのか。何故連れて帰ってきたのか。聞きたいことは山程あった。それに応えるように自来也はふむ、と顎に手を当てると何かを思い付いたのかニコリと笑んだ。



「──夜にでも説明しようかのう……他の者にはワシが使いを出しておく。お前の主にもそう伝えておくといい」

「……解った」

「パックン! 片付け終わったよ! 早く行こう!」

「……はあ」

「頑張ってこいのう」



 他人事のように笑う自来也に溜め息が出た。いやそれよりもこれから向かう道中でもきっと騒がしいであろう八重を思うと更に深い溜め息が出る。仕方がない、いつの世だって手のかかる子供は誰かがついていてやらなければならないのだ。それが何故自分なのか甚だ疑問に思うところだが、残念ながらそれに答えてくれる主はこの場にはいない。



「……不当労働でいつか訴えてやる」



 ニンマリ笑う自分の主を思い浮かべてそう呟いたなら、パックンは急かす声に促されるように玄関へと足を踏み出した──



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