ぼんやりとした意識の中で目を開けたなまえはうっすらと明るい部屋に朝が来たことを知った。隣に視線を向けると眠たげに片目だけを開けたパックンがいて、微笑みながらなまえはいつもと同じように朝の挨拶を告げた。
 パックンがなまえの元に居着いてからというもの、なまえはパックンと同じ布団で寝るようになっていた。それは今この家に誰もいないという孤独感と、人間に対しての恐怖心がパックンという存在によって幾分か和らぐという理由からだろう。はじめは渋っていたパックンも、以前名前で呼んで欲しいと懇願された時と同じ瞳を向けられては断ることも出来ず、結局なまえに付き合って布団に潜り込むようになっていた。



「なまえ」

「ん?」

「……いや、何でもない。顔を洗ってこい」

「……? うん」



 大きく伸びをして廊下へと繋がる襖に足を向けるなまえの背中を見つめるパックンは内心戸惑っていた。昨日の夜中に自来也が帰ってきた。しかし自来也ひとりだと思ってみれば何故かもうひとつ覚えのない気配。きっとなまえに関係する誰かなのだろうが、その存在がなまえにとって良い方向へと向かうものなのか。少し落ち着いてきたとはいえ人との接触は最小限、しかもパックンが傍にいて初めて成り立っている現状を思うと、それを口にするのは躊躇われた。
 小さく息を吐き、なまえの後に続いて廊下へと足を踏み出したパックンは事の成り行きを見守ろうと決めた。自来也と自来也が連れてきた人物はもう既にこの家にいる。自分ひとりが足掻いたところでどうなるものでもないのだから。



「パックン? 難しい顔してなにか考えごと?」

「いや、なんでもない」

「ふうん……? あ、今ご飯作るからね」

「ああ」



 ひとつ頷いて台所へと続く廊下をぱたぱたと歩くなまえの足が不意にぴたりと止まる。それを不審に思ったパックンが顔を上げると、開け放たれた居間の向こうを信じられないといった表情のなまえが見つめていた。



「じ……らいや、さま」

「おお、起きたか」



 ゆったりと茶を啜る自来也は数週間ぶりに見るなまえへといつもと何ら変わりない笑顔を向けた。途端、自来也が置いていった文に書かれていた言葉が思い出されて、なまえの表情がゆるゆると泣き顔へと変化していく。止めようとして尚、溢れてくる雫はもはや自分ではどうすることもできなかった。
 一方の自来也も顔には出さないものの、なまえの変化に驚いていた。里を発ったあの日、抜け殻のようななまえの瞳が僅かではあるが光を取り戻している。その事実は自来也をひどく安心させた。



「遅くなってすまんかったな……」

「っ、……そんな、こと」



 ふるふると頭を振り、いまだ涙の止まらないその小さな体を自来也は力の限り抱きしめてやりたかった。自分が里にいない間、どれだけ心細かっただろうか。そう思うと胸が痛み、たとえようのない感情がせり上がってくる。しかしどうやら人間に対する恐怖心は拭えていないのか、立ち尽くしたまま泣き続けるなまえが自来也に近付くことはなかった。自来也もそれが解っているからこそ何も言わずになまえを見つめる。



「自来也さまの手紙……すごく、嬉しくて……わた、私……大切に想われてるんだって……」

「……なまえ」

「だから、自来也さまが帰ってきてくれて……嬉し、くて……」



 言葉につまりながら、たどたどしく話すなまえの姿に自来也はとうとう堪えきれずに立ち上がった。そのままなまえの前へと歩み寄り、そっと腕を広げる。その行動に思わず体を強張らせたなまえだったが、そのまま何も言わず距離を置いて立つ自来也に次第に体からも心からも力が抜けていく。そっと手を伸ばし恐る恐る触れた自来也の腕の温もり。気が付けば縋りつくようになまえはその温もりへと身を投げ出していた。



「自来也さま……っ、わたし、私……っ、」

「……何も言わんでいい」

「う、あ、ああ……っ!」



 堰を切ったように漏れた嗚咽に今まで堪えていた感情すべてが流れ出していく。拒絶など本当はしたくなかった。いつだって求めていたものはこうして包んでくれる温もりだった。自来也やシカクは最初から無条件でそれを自分に与えてくれていたのに──





 自来也の胸に縋りつくなまえの背中をパックンは黙って見つめていた。ようやく安心できる自分の居場所をなまえは見つけたのだ。これでもう夜中に魘されることもないだろう。何もしてやれず、ただ傍にいるだけの自分と違い自来也にはなまえを包み込む腕と心を持っている。自分もようやく安心して元の居場所へと戻っていけるのだ。
 一抹の寂しさを胸にパックンがくるり背中を向けて立ち去ろうとした瞬間──



「なまえお姉ちゃんっ!」

「ぶっ!」



 凄い勢いで飛び込んできた足に蹴飛ばされて、小さなパックンの体はなまえと自来也の足元まで綺麗に弧を描いて吹っ飛んでいた。慌ててパックンを抱えあげたなまえだったが、突然のことに状況が理解出来ない。



「八重……ちゃん?」



 なまえの震える声が告げた名に、当分まだ帰ることは出来そうにないと直感したパックンはようやく動きだしたなまえの時間に安堵しながらも、これから騒がしくなりそうな予感に諦めたように溜め息を吐いた──



.
[ 4/7 ]

|



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -