「……お前さん、いつからその家で?」

「五年、ほど前かな……」



 五年──今でさえ少女と呼ぶに相応しい目の前の少女。五年前ならおそらく十にも満たなかったであろう幼い少女にとって、それは気の遠くなるような年月だったに違いない。



「……こんな生活、いつまで続くんだろって、毎日辛くて泣いてばっかりいて……」

「……」

「でも、そんなあたしをいつも励ましてくれたのがなまえお姉ちゃんだった……」



 なまえの名を口にした途端、少女の表情には穏やかさが宿り、その目は過ぎた日を懐かしんでいるようにも見えた。しかしそれも束の間、少女の表情は一気に翳り、瞳からは透明な雫が溢れ出す。



「今、は辛い、けど……っ、いつか絶対、ふたりでここから、出ようって……あたしの、あたしのお姉ちゃんになってくれるって……なのに、なのにあたし……っ!」



 堪えきれずに雫とともに少女の感情が溢れ出す。後悔とも懺悔ともつかない悲痛な声に自来也は少女を胸の中へと抱き寄せる。



「我慢、できなかった……だから、あの夜、逃げようって……」

「……だが、見つかった、か……」



 こくん。しばらく逡巡した後少女は小さく頷いた。その時のことを思い出したのか小さな体は尚一層震え、自分たち以外誰もいないというのに忙しなく目は辺りを見回していた。そんな少女を落ち着かせるように自来也は背中を優しく撫でる。



「捕まって……声も出ないくらい殴られて、あたし、死ぬんだなって、思った」

「……」

「でも……なまえお姉ちゃんが、庇ってくれた。あたしの代わりに、自分を殴ってくれって……」



 なまえらしい──自来也はそう思わずにいられなかった。自分より遥かに弱い存在が自分の目の前でなぶられることが我慢できなかったのだろうと。たとえ自分が傷付いてもこの少女を助けたい、その一心で──



「目の前で殴られて、気絶してるお姉ちゃんに、あたしは何もできなかった……ただ、怖くて、死にたくないって……っ、」

「……それは、この世に生を受けた者なら当然の感情だ。気にすることじゃない」

「違う! あたしは……あたしはなまえお姉ちゃんと……っ、」



 幸せになりたかっただけなのに! ──とうとう我慢できずに声を上げて泣き出した少女になまえの姿が重なる。なまえもまた、十三年という長い年月、この少女と同じことを思っていたのだろうか。木の葉に戻ることだけ──いや、シカマルの元へと帰ることだけを生きる糧として、ずっと我慢してきたのだろうか。そう思うと少女を抱きしめる腕に自然と力が入る。



「おじさん……?」

「なまえに……会いたいかの?」

「……あ、いたい。会って……謝り、たい、」

「……そうか」



 今のなまえは、きっとこの少女の知っているなまえではない。けれどそれでも、ふたりを会わせなければならないと自来也は思っていた。なまえの為にも、そしてこの少女の為にも──



「──ワシと一緒に……木の葉に、行くか?」



 少女を抱きしめたまま、自来也はこれからのふたりを思い、祈るような気持ちで目を閉じて、静かに少女へと告げていた──



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