がらり。自宅の玄関を開けたシカマルは、後ろについてきていたなまえを促す。



「お……お邪魔します」



 若干緊張した面持ちのなまえが一歩踏み出した瞬間──



「お、今帰ったのか?」

「ひゃああああっ!!」



 背後から低い声が響いて、なまえは驚きのあまり変な叫び声を上げて、腰が抜けたようにヘナヘナと座り込んだ。



「お、わりいわりい……驚かしちまったか?」

「親父……」



 タイミングが良いというかなんというか、ちょうど帰宅したシカクが派手な叫び声に苦笑いしながらシカマルに手を振る。



「ったく……ほら、親父帰ってきたぜ?」

「あん? お前のツレじゃねえのか」

「ちげえよ」



 くるり。いまだ座り込んでいるなまえへとふたりして視線を向ければ、真っ赤になって口を開けたなんともマヌケな顔のなまえがいた。



「あ……あ、あ……」

「ん? お前……」



 なまえの顔を見て何かを思い出したようにシカクが呟いた瞬間──



「シ、シカクさまあああっ! 会いたかったあっ!」



 がばり。さっきシカマルに抱き付いたのと同じ勢いで、なまえはシカクの胸へと飛び込んでいた。
 そのままオイオイ泣く背中を、シカクは困ったような表情を浮かべてさすってやる。




「……久しぶり、だな?」

「ジ、ジガグざまあ……うええ……っ」



 ぐずぐず。なまえは涙と鼻水のせいで見事に汚れた顔で泣いているのか笑っているのか解らない表情を浮かべてシカクを見つめる。
 ふたりの間に立ち入ることの出来ない雰囲気を感じたシカマルは、溜め息を吐きながらも内心少し焦っていた。
 なにしろここは玄関前。一歩家に入ればシカクの愛妻、ヨシノがいる。こんなところを見られでもしたら、それこそ奈良家崩壊に陥りかねない。



「おい……お前ら、いいかげんに──」

「帰ったの? お父さん」



 とりあえずこの状況をなんとかしようとシカマルが声をかけた瞬間、背後から聞こえてきたのは紛れもないヨシノの声で。
 この後の恐ろしい展開を想像して、シカマルの背中に冷たいものが流れる。
 柄にもなく慌ててシカマルがなまえとシカクを隠すように振り返ったが、時すでに遅し。
 信じられないといった顔のヨシノが、抱き合うふたりを茫然と見つめていた。



「お袋、これは……っ」

「なまえ……ちゃ、ん?」

「は……?」



 ぽつり。ヨシノの口からは意外なことに初対面のはずのなまえの名が零れて。
 その呟きにシカクの胸からがばり、顔を上げてヨシノを目に映した瞬間。



「ヨッ……ヨシノさまあっ!」



 相変わらず涙と鼻水でぐちゃぐちゃなままの顔を拭いもせず、今度はヨシノの胸へと縋りついた。



「久しぶりね……? 元気そうで安心したわ」

「は……っ、はい」



 なまえを見つめるシカクとヨシノの眼差しはとても柔らかく慈愛に満ちていて。
まるで我が子に向けるようなその眼差しに、シカマルの脳内は混乱していた。
 ひとしきり泣いて落ち着いたのか、ようやく顔を拭いたなまえは茫然と立ち尽くすシカマルへと歩み寄って。
 にこり。人懐っこい笑顔を向けてシカマルの手を握りしめた。



「お、おい……」

「……ね、シカクさま? あの約束覚えてる?」



 くるり。シカクへと振り返ったなまえがシカマルの手を握ったまま、嬉しそうに問いかけると。



 意味ありげな視線をシカマルに向けて、シカクが楽しそうに頷く。
 ぞくり。シカクのその視線にシカマルはなぜか嫌な予感を感じて背中に寒気が走った。
 そしてその嫌な予感はなまえの吐き出したひとことで、一気に現実のものとなった。



「私、シカマルのお嫁さんになるから!」



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