木の葉を発ってから二週間ほど経ったある日、寂れた町並を抜けて自来也は一軒の家を目指して歩いていた。
 幼いなまえが木の葉から出て一番に身を寄せた母親の実家──そこに恐らくなまえがあれほどまでに人に怯える原因となった何かがあると自来也は踏んでいた。



「しかし……寂しい町じゃのう」



 まだ昼間だというのに町には開いている店はほとんどなく、閑散とした雰囲気だけが吹く風によって辺りに散らばっていく。
 元は茶屋だったであろうか、錆びてボロボロの看板のかかった建物を見るとはなしに見て通り過ぎようとした自来也はふと、その奥に人影を認めて足を止めた。そのまま一歩足を踏み入れると逃げるように動く影に怖がらせてしまったかと肩を竦める。



「すまんが道を教えてくれんかのう?」



 ぴたり。自来也の言葉に動きの止まった影はそれでも警戒しているのか一向にその姿を現さない。それでも逃げ出さないあたり、自分に害を及ぼさない限りはこちらの申し出には応えてくれるようだ。



「……おじさん、痛いこと、しない?」



 聞こえてきたのは小さな高い声。どうやら隠れているのは少女のようで、警戒しながらも若干震えている声に自来也は里に置いてきたなまえが重なる。



「何故ワシが、見ず知らずのお前さんに痛いことをしなきゃならんのかのう?」

「それ、は……」

「心配せずとも道さえ教えて貰えればワシはすぐにでも消える」

「……っ、本、当に、痛いこと、しない?」

「ああ、心配せんでもいい」



 いつもの朗らかな笑顔でそう答えれば、おずおずと動く影。ようやくはっきりと見えたその姿に自来也は我が目を疑った。



「お前……その顔はどうした?」

「……」



 現れたのは年の頃十二ほどの少女だろうか。しかしその姿は子供特有の柔らかさなど微塵も感じさせないほどに痩せ細り、大きな瞳だけが唯一その存在を主張するかのように鋭い光を放っていた。そして何より自来也を驚愕させたのは、痛々しく残る頬の赤みと腫れた右瞼。それはどう見ても転んだりして出来た傷ではないことは一目瞭然だった。



「……痛むか?」

「……慣れてる、から」



 どこか諦めたような表情で少女はぽつり、呟いて視線を床に落とす。けれどその両手は薄汚れた服の裾をぎゅ、力強く握り締めていて、何かを堪えているような少女の姿は、ますますなまえの面影と重なっていく。



「……おじさん、道、聞きたいんでしょ?」

「あ、ああ……そうだったのう」



 知っているか? とその家の名を告げた途端、少女が驚きの表情を浮かべて顔を上げた。震える手は先ほどよりも激しく、心なしか顔色が青ざめている。



「……どうした?」

「……あの家に、何の、用……?」

「特に用があるわけじゃない。ただ、ちょっとそこにいた娘のことを調べておる」

「娘……?」

「なまえ、という、」

「! なまえお姉ちゃん?!」



 なまえの名を聞いた瞬間、少女の瞳は大きく開かれ、それまでどこか頼りなげだった声音が急に変化した。そのまま自来也に縋るように見上げて性急に口を開く。



「なまえお姉ちゃん生きてるの?! 無事なの?」

「……生きてる、とはどういうことかの?」

「あ……っ!」



 しまった。そんなことを思ったのか少女は自分の口を両手で覆い慌てて周りを窺うように視線を泳がせた。誰もいないことを確認すると、まるで話題にするのを憚るようにそっと自来也へと近付いた。そして小さな震える声が告げた真実に、自来也は目の前が真っ暗になる感覚に陥った。



「一年前……お姉ちゃんは私の目の前で……川に、投げ入れられたの──」



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