数日ぶりに出た外はどんよりと厚い雲が空一面に広がり今にも雨が降りそうな天気だった。それはまるで今の自分を表しているかのようで、なまえは首を振り陰鬱になりそうな自分の心を無理やり奮い立たせる。 「行くぞ、嬢ちゃん」 「あ、はい……」 いつのまにか不法侵入していたパグ──パックンは何故か自分も買い物に付き合うと言い出し、もとより不安に押し潰されそうだったなまえは一も二もなく頷いてそれを了承したのだった。 「パックンさん、買い物に付き合ってくれるお礼に何か作りますよ」 「……待て、嬢ちゃん。ワシに「さん」を付けるな」 「? だって「パックン」が名前ですよね?」 「まあ、そうだが……」 「だったら、」 「却下だ」 「いや年上には敬意を払わないと、」 「却下だと言ったはずだ」 「……はあい」 ふてくされたように返事をするなまえにパックンはやれやれと息を吐いた。どこで自分を年上と思ったのか。そもそも人間と犬では寿命が違う。いくら訓練されたとはいえ、そこまで長生きするはずもないのに。そう考えてパックンはどこかで見ているであろう主人が肩を震わせて笑いをこらえている様を思い浮かべて更に溜め息を吐いた。 「じゃあ……パックン?」 「なんだ」 「私のことも嬢ちゃん、じゃなくて、なまえって呼んでください」 困ったように眉を八の字にしたなまえはパックンの目線に合わせるように膝を折った。服が汚れる、と注意しようとしたパックンは顔を上げた瞬間、言葉に詰まった。笑顔のままのその表情。なのにその目には恐ろしいほど真剣な光が宿っていた。何故か、など聞かなかった。いや、聞けなかった。それほどまでに目の前の娘から放たれる雰囲気にパックンは飲まれていた。 「名前、呼ばれると安心するんです。だから、」 「……解った、なまえ、だな」 必死ともとれるその強張った表情が返事をした途端に安堵の息とともに緩んで。漸く立ち上がったその姿にパックンは思う。今にも景色に溶け込んで、消えてしまいそうだと。 「……パックン、」 「なんだ」 「……パックン」 「だからなんだと言っている」 「……ふふー……」 「気持ち悪いぞ、なまえ」 「だって、嬉しくて」 「は?」 なまえの言葉にパックンは思わず顔を上げて間抜けな声を出した。見上げた先には本当に嬉しそうな表情のなまえがパックンを見つめている。 「私の名前、呼ばれると……私、ここにいていいんだって、そう、思ったから、」 「!」 名を呼ぶこと。そんな些細なことに表情を崩すなまえにパックンは驚く。それと同時に主に聞いた目の前の娘の過去に思いを馳せる。どんな思いでこの小さな体でそれを受け止めてきたのだろうか、と。 「あ、や、変な意味じゃないですよ」 「……ああ」 慌ててごまかすように笑うなまえに返事をして、パックンは背を向けて歩き出した。笑っているのに今にも泣き出しそうなその瞳を直視できない。 「行くぞ」 「あ、はい!」 いつかはこの娘の元から去る日が来る。自分は忍犬なのだから。けれど、せめてこの娘が心から笑えるようになるまで。それまでは── 「……パックン?」 「……ワシは和食が好きだ」 普段はドッグフードだがな。ぽつり、呟いた言葉に目を細めて微笑んだなまえにつられてフンと鼻を鳴らす。空にはいつの間にか太陽が顔を出して、そんなひとりと一匹を優しく照らしていた── . |