取材と称して自来也が里を離れたのはほんの一時間前。今現在、なまえは座卓を挟んでシカクと向き合う形で座っていた。
 ふたりのちょうど間、座卓の中央には封の施された文が一通置かれていて。自来也から預かった、と目の前に差し出されたそれに手を伸ばすことなく、なまえは膝の上で拳を強く握っていた。



 開くのが、怖い──



 食い入るように文を見つめるなまえの瞳には恐れの色が滲んでおり、震えを抑えようと噛みしめた唇は色が変わっていた。
 多分、いやきっと自来也は自分に愛想を尽かしたのだろう。なにしろ目が覚めてから、自来也が里を離れるまでにろくに口もきかない、いやきけなかったのだから──



 いつものニカリと笑う自来也の表情を思い出して、知らずなまえの胸がちくりと痛んだ。



「……とりあえず、自来也さまが帰ってくるまで家に──」

「っ! い、や……っ」



 シカクの言葉を最後まで聞くことなく、なまえは体を固くして勢いよく首を振った。シカクのことは尊敬しているし、恩もある。しかし今、人間という存在に恐怖すら覚えているなまえはシカクの申し出にすら難色を示す。



「なまえ……」

「……」



 けれどシカクもこんな精神状態のなまえをひとりきりにさせておけないと簡単には引き下がれない。どうしたものかと青い顔のなまえをじっと見つめて悩むこと数分。沈黙を破るようにシカクが溜め息を吐いた。



「……解った。けど、これだけは覚えておけ」

「……」

「何があっても、オレは……お前の味方だ」

「!」



 明日また来る。そう言い残して帰ったシカクの寂しげな背中を思い出し、なまえは唇を噛んだ。
 頭では解っている。シカクや自来也は、自分をいたぶって楽しんでいたあの人たちとは違うことを。なのに、体が、こころが、言うことをきかない。こころの奥底で警鐘が鳴る。ひとを、信じてはいけないと──



「……っ、ふっ、う……シカ、ク……さま、自来也、さ……ま、」



 罪悪感に苛まれ、ふたりの名を繰り返しくりかえし呼ぶなまえの涙声だけが、すっかり日も落ちた暗い部屋の中でいつまでも響いていた──













 ふと自来也からの文が視界の端に映り、ぼんやりする頭でそれを手に取った。封を開けるでもなくしばらく眺めていたなまえだったが、やがて意を決したように震える指がそれを開く。
 自来也の癖のある文字で記されていた内容は、なまえの予想したそれではなく。なまえへ対する謝罪と、必ず帰ってくるという約束。そして何より、文の最後に記された自来也の思いに落ち着いた涙腺が再び熱く緩みだした。それは、先ほどシカクが言った言葉と同じもの──



 ワシは、何があってもお前の味方だ



「じ、らいや、さま……っ、」



 ひとりじゃない。こんなにも自分を思ってくれるひとがいる。それなのに──



 自来也の文を胸に抱き、涙は堪えきれずに溢れ、気が付けばなまえはわあわあと子供のように声を張り上げて泣いていた──



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