縁側に腰掛け、庭を眺める小さな背中を自来也とシカクが居間から黙って見つめていた。
 朝方ようやく意識を取り戻したなまえに胸を撫で下ろしたまでは、良かった。しかしその後、二人がどんなに声をかけても全くと言っていいほどなまえは反応を示そうとしない。虚ろな瞳は輝きを失い、風に揺れる髪だけが時折、さらさらと動きを見せていた。



「なまえ……」



 今にも景色に消え入りそうなその後ろ姿に、シカクは思わずその名を呟いてみるものの、耳に届いていないのかなまえは振り返る素振りすら見せない。
 ぎり。シカクは己の無力さに奥歯を噛みしめる。昨晩、腕の中で崩れ落ちたなまえは意識を失っているにもかかわらず、その唇は見えない誰かへと向かって必死で謝罪の言葉を呟いていた。眉をしかめ、苦悶の表情を浮かべる顔に、シカクはこの十三年の間になまえがどんな生活を送ってきたのか容易に想像することができた。



「自来也さま……」

「……うむ」



 ことり。湯呑みを置いてなまえの背中を見つめる自来也もまた、シカクと同様のことを考えていた。昨晩のあの取り乱しよう。加えて頭を庇うように挙げられた腕──



「虐待……だろうの」

「……っ!」



 ごくり。思わず息を飲む。予想はしていたが、いざ改めて言葉で示されると否が応にも現実味が増し、後悔の念が激しく胸を締め付ける。



 自分が、なまえを引き取ってさえいれば──



 そう思えば思うほど、今なまえがこんな状況に陥っている原因がすべて自分のせいに思えてきて、胸中はことさら締め付けられる。
 思えば、十三年も前の約束を当時六歳のなまえが覚えていることのほうが不思議だったのだ。おそらく──いやきっと、その約束に縋りつくことで自我を保っていたのだろう。
 しかしそれもシカマルの拒絶によって脆くも崩れ去ってしまった。今なまえが何を考え、何を思っているのか──盗み見たその横顔からは何の感情も読み取ることはできなかった。
 溜め息をひとつ零して立ち上がると、シカクはそっとなまえの傍らに腰を下ろす。吹く風に乱されるままの髪が、その頬にまとわりついているのを視界に捉えたなら、シカクは無意識に腕を伸ばしていた。



「──っ!」



 びくり。瞬間勢いよく跳ね上がった肩。その顔はみるみるうちに青ざめていき、瞳にははっきりと拒絶の色が浮かんでいた。



「悪い……驚かせちまったな」



 どうにか笑みを浮かべたシカクは届くことのなかった自分の腕を引っ込めた。それに安堵したのか、張りつめていた空気がほんの少しだけ緩んでいった──










「シカク、」

「はい」

「……ワシはしばらく留守にする。すまんがなまえを頼む」

「……それ、は」



 ただでさえ不安定な状態のなまえは明らかに人間を怖がっている。ましてや自分を庇護してくれる唯一の存在である自来也がいなくなるということが、更に悪影響を及ぼしかねない。
 そんなシカクの思考を読んだのか、自来也は大きく息を吐いて真剣な眼差しをシカクに向けた。



「……なまえのことを、調べてくる」

「!」

「……調べたところで解決するとは限らん。しかし手掛かりくらいは掴めるかもしれんからのう」

「自来也さま……」



 頷くほか、なかった。なまえのことを思い、自分に何が出来るかを考えた上での自来也の決断。そもそも最初に自来也を巻き込んだのは自分なのだ。



「よろしく……お願い、します」



 深々と頭を下げたシカクに苦笑したなら自来也の視線は小さな背中へと向けられて。屈託のない、いつかの笑顔が脳裏を掠めたなら、自来也は力強く頷いてみせた。



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