はあ。歩きながらシカマルは深い溜め息を吐いていた。胸の奥底にわだかまるのは罪悪感。
 ひどく取り乱した女は二週間前初めて会った頃とはまるで別人のようだった。





 もし自分が、あの夜受け入れていたなら──





 一瞬脳を掠めた思考。はっとしたシカマルが大きく顔を横に振った瞬間。



「シカマル」



 不意に呼ばれた馴染みの声にシカマルは振り返った。その声音は聞き慣れたそれとは違い、幾分低く耳に届く。
 おそらく声の主は感情を押し殺しているのだろう。やけに張り詰めた緊張感が辺りに漂っており、シカマルははあ、息を吐いて頭を掻いた。



「……なんだよキバ」



 シカマルの声を受けて暗闇から現れる姿。その瞳はギラギラと怒りに満ちていた。



「……なんで、なまえにあんなこと言ったんだよ」

「……お前に関係ねえ、だろ」

「! ……アイツ泣いてたんだぞ?」

「……」

「まるで世界が終わったみてえな顔して、お前のこと見てたんだぞ?」

「……」

「……っ、なんとか言えよ!」



 詰め寄るキバの声は若干震えていた。面倒くさいと言う口癖とは裏腹に、シカマルが誰よりも他人に対して気を遣う男だとキバは知っている。だからこそ何故、なまえに対してあれほどに嫌悪感を露わにするのか理由が知りたかった。
 しかし目の前の男からは何の反応も返ってこない。ただ黙って肩を揺さぶられるままに立ち尽くすその姿は、半ば投げやりになっているようだった。



「……お前、アイツとなにか約束してたんだろ?」

「!」

「アイツは……なまえはそのために木の葉に戻ってきたんじゃねえのかよ?」



 約束──未だ思い出せない幼き日のそれは、シカマルの記憶にはない。十三年もの年月の長さは、否応なく記憶を風化させていくのだと実感させられてシカマルは下唇を噛みしめる。



「……えて、ねえんだよ」

「あ?」

「覚えて、ねえんだよ……」

「シカマル……?」

「……アイツが、覚えてんのに……っ、」

「……」

「……どうすりゃ良かったんだよ」



 きつく眉根を寄せて、まるで自分を責めるように言葉を吐き出すシカマルにキバは何も言えなくなった。それほどまでにシカマルの表情は苦悶に満ちていた。
 覚えていないことへの罪悪感。泣かせてしまったことへの自責の念がきりきりとシカマルの胸を締め付ける。



「……忘れたモンは仕方ねえよな」



 ぽん。不意に抱かれた肩。見上げると苦笑いを浮かべたキバの顔がそこにあった。



「忘れたんなら最初からやり直せばいい、だろ?」

「キバ……」

「そんな顔すんなって! なまえなら笑って許してくれるに決まってんだろ」



 すとん。キバの言葉が当たり前のように自分の中で消化され、吸収されていった瞬間、シカマルの口角が緩やかに上がって。きょとんとした顔の友と目が合ったなら声を上げて笑っていた。



「ククッ……お前らしいよな」

「あん?」

「でも、サンキューな? ……おかけで何か吹っ切れた」

「おう! それでこそシカちゃんだぜ」

「なんだそりゃ」



 じゃあな! 笑いながら手を振って満足そうに帰っていくキバに手を振り返す。





 持つべきものは感情バカ一直線な親友だな──





 暗闇の中、ようやく一筋の光明が見えた時のような安堵感に包まれたなら、シカマルは大きな欠伸をひとつして再び家路についたのだった──



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