なまえがヤマトとのんびり歩いているのと同じ頃、自来也はひとり腕を組みながら自宅前で佇んでいた。
 いつもならとっくに帰っている時間なのに──いつまで経っても姿を現さないなまえを思い、知らず自来也の表情は厳しいものとなる。



「自来也さま」

「……カカシか」



 音もなく現れたカカシへと振り向くことなく、険しい表情のまま自来也は呟く。一方のカカシは自来也からの突然の呼び出しに嫌な予感が隠せない。



「十三年前のことは、調べたかの……?」

「……はい」

「ならば解るの? あの娘には……頼れるものはもう何もない」

「……」

「不安定な綱の上を渡っているようなものだ。いつ踏み外してもおかしくはない──」

「自来也さま……」

「そして……もしワシの予想が正しければ、今日──」



 そこまで言って自来也は唇を噛み締めた。口にすればそれは途端に現実味を帯びていく。自来也は何よりもそれが恐ろしかった。
 そのまま黙ってただ暗闇を見つめる自来也を、カカシもまた黙って見つめる。



「自来也さま、奈良家へは……?」

「うむ。先ほど蛙を寄越しておいた。万が一、ということもあるからの……」

「……そうですか」



 事件の後、なまえの身は奈良家預かりとなった。もともと母親同士の仲が良かったことと、火影の信頼厚い奈良家だからこその処置であった。
 実際、心身ともに傷付いたなまえが里を離れるまでに随分と元気を取り戻したのはきっと、シカクやヨシノが一心に愛情を注ぎ続けた結果であろう。現に十三年経った今でも、なまえはシカクを父のように慕っている。



「シカクも……つらかろうにのう……」



 ぽつり。呟かれた自来也の言葉はそのまま、暗い夜の闇へと溶けていった──















「親父? でかけんのか」



 玄関に座り込み、下足に履き替える父親の背にシカマルは声をかけた。
 近頃は急な任務の入ることの少なくなった父親が、帰宅して数時間のうちにこうしてまた外出するのは珍しい。



「……」

「親父……?」



 黙々と下足に足を通すその背中には妙な緊張感が溢れていて、シカマルは思わず眉根を寄せてもう一度声をかけた。



「っ!」



 くるり。振り返った父親の顔はいつもの穏やかさなど微塵も感じさせなかった。怒りと悲しみがないまぜになったような複雑な光が、ただその瞳の中で揺らめいていた。



「おや、じ、」

「……シカマル、」



 ゆらり、立ち上がったシカクは息子の名を口にしたきりそのまま黙り込む。
 なまえの帰宅が遅いことを自来也の寄越した蛙から伝えられた時、シカマルとの間になにかがあったのだと、シカクは直感的に確信していた。
 しかしそれを目の前の息子に言ってどうなる? 忘却は、罪ではない──ましてやシカマルはあの頃まだ、幼すぎるほど幼すぎた。



「……なんでもねえよ、じゃあな」

「……あ、ああ」



 ぱたり。玄関を後ろ手に閉めた途端、シカクは掌で顔を覆って。ぶつけようのない思いを胸の奥に飲み込んだなら、目の前の暗闇をじっと見据えて一歩踏み出した──















 親父のあんな顔──はじめて見た。
 閉じられた玄関を茫然と見つめながら、シカマルは先ほどの父親の顔を思い出す。
 いつもいつも、余裕綽々な父親の思い詰めたような表情が無性に心に引っかかる。



 任務じゃ、ねえのか──?



 思考を巡らせてシカマルはハッと昼間のことを思い出す。
 初対面を装ったなまえの震える手と握手した後、逃げるようにキバの背中へと隠れたなまえに苛立ち、思わず感情のままに言葉を吐き捨てていた。
 掠れた声で自分の名を呟いたなまえへと振り向きもせず、ただその怒りに身を任せて足を踏み出していた。
 その後のことなどシカマルが知る由もない。ただ、どう考えても子供のような八つ当たりをぶつけた自分に非があることだけは確かだった。
 シカクが出かけたことと、昼間のことが関係しているのかは解らない。しかし先ほど父親の様子からして、少なからず関係があるのだろうとシカマルは結論付けた。
 アイツになにがあろうと自分の知ったことではない。しかし複雑な表情を浮かべていたシカクのことを思うとそうも言っていられない。



「めんどくせえけど……行くか」



 そう呟いたなら軽く身支度を整え、シカマルもまた父親の消えた暗闇の中へと、一歩足を踏み出したのだった──



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