ひとこと。なまえを睨みながらそれだけ吐き捨てるとシカマルは背中を向けて歩き出した。



「……シカ、マル」



 ぽつり。去っていく背中へ小さく呟いたなまえの声が微かに耳に届いたものの、シカマルは振り向くことなく歩んでいく。
 ぐにゃり。遠くなっていく背中を見つめる視界が歪んで、なまえは初めて自分が泣いていることに気付いた。
 遠い遠い昔。無邪気だったあの頃にした約束も、照れくさそうなシカマルの笑顔も、ずっとずっと大切に想ってきたものはもうそこには無い──その現実がなまえの胸を更に締めつける。



「あのバカッ……! とっちめてや、」

「いのちゃん、やめて……!」

「……なまえちゃん?」

「も……いいから」



 やっと絞り出した声は弱々しく震えていて。シカマルの後を追おうとしたいのは眉を寄せてなまえを見つめるしかない。
 キバやナルトも、シカマルとのただならぬ雰囲気となまえの涙に、かける言葉さえ見つからずただ茫然と立ち尽くす。
 やがてその頬を伝う涙を拭いもせず、虚ろな表情を浮かべたまま、ゆっくりとなまえが顔を上げた。



「キバ……ごめんね? 今日は帰る……」

「あ、ああ……送るか?」

「ううん、いい」

「そ、か……」



 ふらふらと、どこか覚束ない足取りで歩くなまえの背中を見えなくなるまで見送ると、溜め息を吐いてキバはいのへと振り返った。



「な、なによ……」

「いの、知ってること全部話せ」

「全部って……」

「っ、全部だ! なまえがシカマルに怯える訳も、シカマルがなまえにあんなこと言った訳も!」



 だん! 傍にあった樹からはキバの拳の衝撃で何枚もの葉がひらひらと舞い下りてくる。それはまるで先程のなまえの涙のようで、キバは眉根を寄せてじっと見つめる。
 信じられない。昔からの付き合いの中で、シカマルが敵以外の誰かに対してこんなにも怒りを露わにするところなどキバは見たことがない。



 何が、あった──?




「……私たちも詳しくは知らないのよ。ね、チョウジ?」



 キバのただならぬ雰囲気にいのが申し訳なさそうに口を開き、傍らのチョウジも黙って頷いた。



「でも……昔なにか約束したみたいだよ? シカマルは覚えてなかったけど……」

「約束?」

「うん、それでシカマルと喧嘩みたいになっちゃって……」



 チョウジの言葉にキバがぴくり、眉を上げた。初めてなまえと出会った日、やけに無理して微笑むその様子がありありとキバの脳裏に浮かんだ。



「それ、いつの話だ?」

「うーん、……二週間ほど前だったかしら?」

「二週間……」



 記憶とぴったり符号する日付にキバはぎり、奥歯を噛み締める。あの時、何かあったかと軽く問うた自分に対して複雑な表情を浮かべて黙り込んでいた。その理由にまさか自分の友が関係していたなんて──



「くそ……っ!」



 知らなかったとはいえ結果的になまえを悲しませた。その自責の念がキバの心臓をきりきりと締め上げる。
 ぽん。肩に不意に感じた掌の感触に振り向くと、それまで黙っていたシノが口を開いた。



「あまり自分を責めるな、キバ」

「シノ……」

「そうだよキバくん。キバくんが悪い訳じゃないよ……」

「ヒナタ……」



 自分を気遣う仲間の言葉にキバは唇を噛み締める。
 自分にはこうして気遣ってくれる仲間がいる。


 けれど──なまえはひとり。



 ひとり歩いていったなまえの心中を思い、キバはなまえが歩いていった道を沈痛な面持ちでじっと見つめていた──



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