林を抜け、開けた場所に出たところでなまえはキョロキョロと辺りを見回した。



「ここでいいはずだけど……自来也さま、どこだろ?」



 視界に映るのは広い大地だけ。人の姿がどこにも見えないことになまえは急に不安になる。



「自来也さまーっ!? お弁当持ってきましたよーっ!」



 大声を張り上げてみるも、耳に響くのは風の流れる音だけで。
 ぎゅ。お弁当の包みを胸に抱えたなまえは、不安と寂しさに駆られて走り出す。
 走って、走って──どこまで行けば自来也に会えるかも解らないまま、ただがむしゃらに走って。
 大きな木の根元。倒れ込むように体を預けたなら、堪えきれずになまえはきつく目を閉じて。



「自来、也さま……っ、どこ……?」



 ぎゅ。自分の体を抱きしめて、自来也の名を呼んでいた。



「……どうしたのよ?」



 びくん。不意にかけられた声になまえの背中が揺れて。
 慌てて振り向いてみるも、そこに人の姿はなく先ほどと変わりない殺風景な景色だけが視界に映る。



「あ……あれ?」

「……ここ」



 またもや声だけが聞こえ、目を凝らして捜すもまったく姿が見当たらない。
 急に怖くなったなまえが、じり、後退りながらその場を離れようとしたその時。



「どこ見てんの、ここでしょ?」



 ぱき。小枝の折れる音が頭上で響いた途端、なまえの前にひとりの男が立っていた。



「あ……あ、あ……」

「なに変な声だしてんの……てかお前、誰?」

「……」

「……喋んなさいよ」

「……変な人とは、口きいちゃいけないって……」

「はあ?」

「だって、見るからに怪しそうだし……」



 じとり。さっきまで不安に押し潰されそうだったなまえは目の前の男を不審な目で見る。
 ようやく出会えた人間──けれどその姿はなまえを安心させるどころか、ますます不安にさせていく。



「失礼な娘だね……オレのどこが怪しいって?」

「……全部?」

「怒るよ?」

「じゃあ怪しくないこと証明してよ! そしたら聞きたいことがある、から……」

「……意味わかんないし」



 はあ。怪しい──目の前でそう言われたのがショックだったのか、男は溜め息を吐いてちらり、なまえへと視線を向ける。



「……さっき泣いてたのは誰だっけね?」

「っ、見て……っ?」

「言っとくけど、オレは木の上で休んでただけだからね? 勝手に目に入ったの」

「う……」



 見られていたなんて──恥ずかしさから顔が熱くなり、なまえが言葉に詰まったなら。
 くすり。勝ち誇った顔の男は小さく笑うと。



「自来也さまでしょ……? ついてきなよ」



 くるり。背中を向けてなまえを促すと、ゆっくりと歩き出した。



「ねえ、どうして顔隠してるの……?」



 その外見から男を怪しいと感じたなまえは男の後ろを歩きながら疑問を口にする。
 冷静になってよく見れば、男の着衣はシカクの着ているものと同じもので。
 自来也のことを知っていたのも、この男が忍だとするならば納得がいった。
 しかし、どうみても怪しすぎる。これじゃ変質者だと思われても当然だろう──なまえは男の後頭部を見つめてしみじみ思っていた。



「……大人には色々あんのよ」

「ふーん……」

「それに、この里でオレを怪しいなんて言うヤツはいないしね」

「えー……? みんな目おかしいんじゃ、」

「ほんと怒るよ?」



 とん。男の手刀が軽くなまえの頭に当たって。
 男が動いた気配さえ感じなかったなまえは驚いて目を見開く。



「す……っ、すごーいっ! 速すぎて全然わかんなかった!」

「当たり前でしょ、忍なんだから」



 素直に感動を口にしてはしゃぐなまえに男はくすり、小さく笑った。


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