「自来也さま、遅くなりましたっ!」



 ばたん。帰ってくるなり慌ただしく動くなまえに自来也は溜め息を吐いた。



「なまえ……帰ったら先ず?」

「あっ、はい! た、ただいま……です」

「うむ」



 満足げに頷く自来也になまえは思わず苦笑する。
 自来也がなまえの面倒を見るにあたり、ひとつだけ、と約束をした。



「出かける時、帰った時にはワシにちゃんと言え?」

「……? 自来也さま、あんまり家にいないのに?」

「おる時だけでいい。顔を見たら声をかけろ」

「……外でも、ですか?」

「無論。ワシとお前は今日から家族じゃからのう」



 家族──自来也の口が紡いだ言葉はあまりにも暖かくなまえの心に染み込んできて。
 ばさり。頭まで布団を被ったなまえの目には、知らず温かいものが溢れていた。













 ことん。夕飯の準備をしながらなまえは自来也の横顔を見つめる。
 あまりここには立ち寄らないと言っていた昨日。どこかホッとしながらも、やはりこの家に自分ひとりは寂しい。



「自来也さま……しばらくはここに……います?」

「そうじゃのう……ま、弟子の修行にも付き合わにゃならんしの」

「弟子……?」

「おうよ。ま、そのうち会わせてやるから楽しみに待っとれ」

「う、うん!」



 自来也とふたりで囲む食卓。今日あったことを楽しそうに話すなまえを、自来也は目を細めて見つめている。
 シカクに連れてこられた昨日のなまえを思えば、少しは元気になったと安心して。
 ひとりそっと外に出たなら庭に待たせておいた蛙に巻物をことづけて、自来也はなまえの待つ家へと戻っていった。












 朝、なまえが目覚めると隣で寝ていたはずの自来也の姿はなく、机の上には書き置き一枚が残されていた。



「なまえへ

弟子と修行に行ってくる。後で弁当を届けてくれ

自来也」

「お弁当か……お弟子さんも食べるよね……」



 ぱたぱた。忙しなく台所に立つなまえはどこか嬉しそうで。
 早々に支度を整え、自分の朝ご飯を済ませたなら。



「いってきまーす!」



 誰もいない家の中に向かって元気に叫んで、書き置きに記された場所へと向かって歩き出した。
 まっすぐ通りを抜けて、右に曲がってと、書き置きに視線を集中させていたなまえがふと顔を上げれば。
 そこは間違いなく奈良家へと続く道で──ぴたり、思わずなまえの足が止まる。



「……っ、」



 自来也は知っていて、敢えてこの道を記したのだろうか。
 おそるおそる一歩を踏み出し、なまえは鳴り止まない鼓動を必死で堪えながら歩く。
 しかし、奈良家の門が視界に映った瞬間、ついに堪えきれずなまえは走り出していた。
 どくん、どくん。奈良家が見えない場所まで来ても相変わらず鼓動は鳴り止まない。
 ずるり。木の幹に寄りかかったなら、なまえは大きく息を吐いて。



「ごめんなさい……」



 優しいシカクやヨシノの笑顔を思い出して、そっと目を閉じ呟いた。
 しばらく佇んだ後、なまえはようやくのろのろと立ち上がって。
 ぱんぱん。まるで自分に気合いを入れるように頬を叩くと、少し気が晴れたのかぐっと顔を上げた。



「……よし!」



 落ち込んでばかりもいられない。自分を気遣ってくれるキバや自来也のためにも、自分ができる精一杯のことをしなければ──
 ざく。力強く一歩を踏み出して、なまえは自来也の待つ場所を目指して歩き出した。


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