「アンタが気にすることじゃないわ。なまえちゃんが自分の意志で決めたことだもの……」



 ベッドに寝転がり天井を見つめながら、シカマルはヨシノの言葉を思い出していた。
 昼間、自分が感情にまかせて怒りをぶつけてしまったから──
 そう考えると、シカマルはたとえ自分のせいじゃないと言われても、なまえにそう言わせたのは自分なのだと自覚して胸が痛む。



「……どうすりゃいいんだよ」



 はあ。深い溜め息を吐いた瞬間、開かれた自室の扉。
 むくり。起き上がると黙ってシカマルを見つめるシカクと目が合った。



「……んだよ?」

「飯だとよ。下りてこい」

「ああ……」



 くるり。そのまま何も言わず背中を向けたシカクになまえのことを聞こうとして、シカマルは思わず躊躇う。
 なまえがいなくなった今、しかもその原因を作った自分に聞く資格があるのか。
 それでなくとも甘栗甘でのあの甘やかしよう──誰が見ても娘を溺愛している父親のようなシカクにわざわざその話題を出すのは気が引けた。
 静かな食卓は親子の立てる物音だけが寂しく響き、昨日なまえがいた明るい雰囲気とは一変していて。
 そんな雰囲気にいたたまれず、シカマルは夕食を終えると早々に自室へと戻り、ベッドへと潜り込んだ。












「お父さん……」

「心配すんな。一応バカはバカなりに思うところがあんだろ」

「ええ……でも、なまえちゃんは……」

「……一応、目の届く範囲の知り合いに預けてきた。そこからどうするかは……なまえに任せるしかねえ」

「せっかく……っ、せっかく帰ってきたのに……」

「ヨシノ……」



 はたはたと床に雫を零すヨシノの肩を抱き、ぐっと力を込めたなら。



「なまえは……オレ達の娘だ。信じるしか、ねえだろ……」



 ぽつり。まるで自分に言い聞かせるように、シカクは窓の外の夜空を見つめて呟いた。













「……よろしくお願いします」



 一軒の家の居間。目の前に胡座をかいて座る男に、なまえは頭を下げていた。
 奈良家に来なくても、近くにいてくれたほうが安心だから、とシカクに連れてこられた家。
 長く伸びた白い髪。シカクよりも年配に見えるが老人、と呼ぶにはまだ早いだろう体格のいい体の男は自来也と名乗った。
 ぐび。杯を傾けて中身を飲み干した自来也は息を吐くとなまえへと視線を向けた。



「……お前さん、歳はいくつだ?」

「十九、です」

「ほう、どうりで発育がいいと……ああ、いやスマンスマン」



 思わず身の危険を感じて身構えたなまえにカラカラと自来也が笑う。



「一応シカクに頼まれとるからのう……手は出さんよ、安心せい?」

「は、はあ……」

「まあ、ワシは取材でここにいることは少ないんだがのう。しかし帰ってきた時に掃除するのも面倒だと思っとったから、お前さんが来てちょうど良かったわい」

「取材……?」

「おうよ。ワシのベストセラー見るか?」



 ばさばさ。なまえの前に自慢気に並べられた書物は、どれも表紙を見る限り未成年が読んでいい類のものではない。
 それでも、とおそるおそるページを捲ったなまえは数行読んだ途端、真っ赤になって慌てて本を閉じた。



「ワッハッハッ! なまえは初じゃのう」

「あ、あ……」



 未だ口をぱくぱくさせて放心状態のなまえに水の入った湯呑みを渡すと、自来也は楽しそうに笑う。



「もう遅いし、寝るか。……生憎布団はひとつしかないがのう?」

「え……えええっ!?」



 ニヤリ。からかうような視線をなまえに向けた自来也は、今にも泣きそうな顔のなまえに顔を近付けて。



「嘘に決まっておろうが。なまえはからかいがいがあるのう?」



 ぽんぽん。なまえの頭に手を置いた自来也は、悪戯を成功させた子供のような笑顔で。
 掌の温かさと、その笑顔に安心したなら、なまえの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。


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