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 初めて愛した女性を俺は自らの過ちで傷付けてしまった。
 なまえは昔からの知り合いで俺より4つ年下の可憐で誰からにも好かれる女の子。最初はただの妹としか思っていなかった。可愛くて何処を行くも俺の後ろを付いてきた。シンドバッドという名前を自分なりに省略して「シン兄」と呼ぶなど本当に可愛い。
 そんななまえも数年経てば一人の女性。顔付きや、体のラインが小さい頃とは違い成長して色っぽさを際立させていた。その頃からか、彼女のことを意識し始めたのは。子供達に向ける笑み、一つ一つの仕草や声を聞き、見るたびに胸が大きく跳ねる。俺を見つけ笑顔をくれる時は熱くなる顔を隠すのに必死だった。俺はなまえがほしい。ただその言葉だけが頭を占め、ある時酒の勢いで無邪気な彼女に手を出してしまった。だが寸前で自分のしている行動に気づき離れるがすで遅く、目の前に乱れた服を押え怯えた目で俺を見つめるなまえが映り後悔に苛まれた。彼女のため、そう言い住む村から一人旅立ち数年、シンドリア王国の王として暮らしている。今思えばなまえの、ではなく俺のためなのかもしれない。逃げるようにここまできて長いこと経つ。寸前だったのが幸い、年を重ねるごとに忘れ、知らない誰かと幸せにしていればいいと自己満足させるような言葉を並べる。考えるときりがなく、気分転換でもしようとバルコニーへ足の運んだ時、ふと王宮の入り口で一人女性が立っていることに気づく。何か用か。不思議と気になるその女性、不意に顔を上げ時に目が合う。途端大きく心臓が動き、気づいた時にはもう体は動き出し急げとばかりに足が走らせる。

「なまえ!」
「…」

 息を切らし名前を呼べば髪が伸びたが昔と何ら変わりないなまえが此方を向く。何故、そう聞こうともう一歩踏み出した瞬間、無表情だったなまえの顔が途端笑顔に変わり安心したような声で「見つけた」と声を零す。そして弾けたように走り出し俺の腰へと抱き付いてきた。一瞬何が起きたのか分からずぎゅう、と抱きしめられる腕が震え、小さくすすり泣く声が聞こえ懐かしい声色でシン兄という言葉を聞きやっと状況を理解した。そして肩を強く押し体を離させる。

「どうして、お前がここに」
「調べたの、シン兄がここにいること」
「そうか…誰かと一緒に来たのか?」
「ううん、一人。…シンに会いたかったから」

 不意に呼ばれた「シン」との名前に胸が締め付けられる。照れ臭そうに笑いながら言うなまえに驚くことしか出来ない俺は目を見開き口を開く。あんな事をした俺を探していた?疑問が渦巻き頭を抱えながら肩を叩くように押し距離を取り後退する。それを見たなまえは一歩近づき今度は強く腕を掴みぐい、と自分の方へ近づけた。ふんわりと香る彼女の懐かしい匂いに胸を華やがせてしまう。手が強張り、じっと見つめてくる目に俺は息を呑む。

「シンが居なくなって、大人になったら探そうと思ってた」
「…」
「でももし会いに行ったら迷惑なんじゃないかってずっと悩んでたの、だけど忘れられなくて…シン、私シンが好きだよ。昔も、今も」

 遅くなってごめんね。
 眉を斜めらせ言うなまえ。好きと言われた時無性に目の前の彼女を抱きしめたくなった。だがまた怖がらせてしまうかもしれない、そう思うと体を動かすことが出来ずにただ腕を掴む手に自身の手を添えることしか出来ない。情けない、七海の覇王と呼ばれた俺が一人の女性に対して怖がるなど。他の女性へ触れることは躊躇わない、これはなまえだけだ。大切に思えば思うほど触れるのが怖く、恐ろしく思えてしまう。俺は緊張しながら重なる手を握り腕から離すとゆっくり自身の胸へ当て、割れ物を触るかのようにもう片方の手をなまえの頬に添えた。

「本当に、俺でいいのか?」
「うん」
「昔のようなことをするかもしれないぞ」
「いいよ、シンだから」
「…こんな俺でも、また付いてきてくれるか?」
「シンが行くところなら、どこまでも付いていく」

 握る手に力が入る。一度離してしまったこの手をまた掴める日が来るとは思ってもいなかった。心から溢れ出す喜びに柄にもなくしゃがみ込み声に大にして笑う。そんな俺を見て心配したのか、同じようにしゃがみ顔を覗き込んでくるなまえに一回笑い掛け、小さく手を差し伸べればはにかみながらそっと乗せられた手に触れるだけのキスを落とし、離さぬよう強く握った。
 もう二度と離さない、俺の命尽きるまで彼女を愛そう。そう胸に誓い好きだ、と告げる。

企画「花椿」さま提出
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テーマ「人外ファンタジー」
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