ほんの気まぐれから始まった
こんな一大事を、玄関先で繰り広げるわけにはいかない。美恋に中に入るよう勧めた。
俺は彼女をソファに座らせ刺激しないように、ただひたすら柔らかな笑みを浮かべた。
「………」
『………』
俺と美恋の間に、微妙な沈黙がのしかかる。
彼女は俺を知ってるようだが、俺にはまったく記憶がない。
何を話していいのか、話してはいけないのかわからない状態だった。
「お、お茶でも飲みます?」
思わず言葉を噛んでしまう。
『どうぞお構いなく。あっ、私が入れましょうか?』
「いえいえ、お客様にそんな事はさせられませんよ」
慣れない丁寧語を使いながら、俺は急いでその場を後にした。少しでもこの場所にいたくなかったからだ。
台所に着いた俺はお湯を沸かしながら、美恋が言った言葉の意味を考えた。
今、俺の脳みそはフル回転状態。走馬燈なんて目じゃないくらい、高速回転でぐるぐる回ってる。
彼女の口振りでは、俺の事を知っているようだった。
だが、俺には見覚えがない。下心があるなしは別として、あれだけの見目麗しい少女の顔を忘れるはずがない。
一番心配な事は酔った時に起こった事なら、さっぱり記憶がないって事だ。どんなに記憶を巻き戻しても、思い出せるはずがない。
俺は急須に茶葉を入れお湯を注ぎ、少し待ってから湯のみに注いだ。
それをお盆に乗せて、美恋が待つリビングへと向かった。
「お待たせしてすみません」
『いえ、そんな事私がするのに…』
「いえいえ、気になさらないでください。こういうの慣れてるんで。それであのー、少しお聞きしたい事が…」
『はい、何でも』
「どういう経緯で、このような状況になったのかを知りたいんですが…」
引きつりそうな顔を必死に抑えながら、ひたすらおもてなし精神で対応していく。
美恋は、どこかのお嬢様には間違いないだろう。が、万が一何だら組とかヤ○ザ系の人間だったら…ヤバすぎる。
変な汗が頬を伝う。
とにかく笑え、俺。美恋に不快な思いをさせない為に。
『10年前夜盗に襲われ窮地の水無月家を、銀ちゃんが救ってくれたんじゃないですか』
そう答える美恋を俺は、マジマジと見つめる。
そういえば偶然通りかかった先で、そんな事をしたのを思い出した。
じゃあ美恋は、水無月家の関係者って事か。というか、苗字が水無月だったような…。
「じゃあお前は、水無月家の…」
彼女の正体がわかった瞬間、変な緊張感に包まれた身体と口調が軽くなった。
とりあえず組系の人間ではないことが分かって、ホッと胸をなで下ろす。
だが、だからってどうして俺と美恋が許嫁になるんだ?やはり、わからない事だらけだった。
「で、どうして俺達が許嫁になったんだ?」
『助けて頂いたお礼として、10年後に水無月家の大切なものを銀時様に差し上げると約束したと、父上が言ってました』
「……」
確かに水無月家の当主に、そんな事を言われたのを思い出した。
何もいらないと言ったのにどうしてもと押し切られ、内容は分からないソレを10年後に貰う約束をしたんだった。