人恋しいなんて柄じゃない

「ちょっくら出て来るわ」

そう言って、万事屋を後にした。若い嫁に美味しいご飯、その上器量良しだ。喜ぶ事はあっても、文句を言う男はいないだろう。俺だって美恋に文句などない。
だが、普通の幸せというものに慣れてないせいか、この状況が落ち着かないのも自分がいる。このまま流されてしまえばもしかしたら、幸せな人生を歩んでいけるのかもしれない。だが、こんな俺に普通の幸せが似合うのだろうか。
自問自答を繰り返しながら辿り着いた先は、志村家だった。自然と足がここに向かったのだ。どんな顔をして入ろうかと門先でうろうろしていると、背後から見知った声に声をかけられた。

「銀さんじゃないですか。どうしたんです?こんな所で」

「お妙か」

ややこしい奴に会ってしまった。俺に嫁が出来た事は、新八や神楽から聞かされているだろう。若すぎる嫁と知って、一体何を言われるのやら。だいたい想像がつく。

「そういえば銀さん、結婚したんですってね。おめでとうございます」

そらきた。

「まぁな」

「若いお嫁さんなんですってね。お相手の方のお年はいくつでしたっけ?」

「新八達に聞いて知ってるだろ、わざとらしい。嫌がらせですかっ」

「銀さんがロリコンだなんて、知らなかったものだから。結婚って女の子にとって最大の夢でしょ。幸せになりたくないのかなぁって」

「あ"?それはどういう意味だ?気のせいかなァ、俺といたら幸せになれないと聞こえるんですけどっ」

「銀さんたらいやだわ、そんな事言ってないじゃないですか。二人が合意の上ならいいじゃないですか」

にっこりと笑うお妙。完全な営業スマイルってやつだ。コイツがこんな笑みを浮かべる時は、言葉とは違う事が頭にあるってこと。これほど感情が顔に出る奴はいないんじゃねーか。

「で、うちに何か?」

「あ、まぁ、あれだ。神楽が世話になってるようだから、様子見に来たというか何つぅーか……」

あれ?これじゃあまるで、我が子が心配でストーカー紛いなことしてるお父さんじゃね?ただの過保護じゃん。
尚も笑顔を向けるお妙が怖い。黙って笑顔を向けられるくらいなら、酷い言葉で思いっきり罵られる方がずっといいわ。

「神楽ちゃんならよく食べて、元気ですよ。ああそうだわ。食費は、後で請求させてもらいますね。ツケはききませんから」

「あ、そう」

「…銀さん、新ちゃんと神楽ちゃんなりに気を使ってるんですよ。二人ともああですけど、銀さんの事大切に思ってますから。だから銀さんは、自分の事を一番に考えて下さい」

「……そうだな」

お妙は、痛いところをついてくる。あいつらの気持ちがドッ、と伝わってきた。そこまで言われてしまったら、どうしようもない。
あいつらの方が、ずっと大人じゃないか。様子見だと言いながら、本当は俺が寂しかっただけだった。あまりにも格好悪すぎる。
お妙に「寄っていかないのか」と言われたが、今日のところは身を引こう。もう夫婦喧嘩をしたのか、三行半を押されたのかなどと言われたくはない。

「元気ならいい。世話掛けて悪いな」

俺は微かに笑うと右手を上げて、志村家を後にした。自分は確かに結婚したのだ。今まで通りにはいかない。
良い機会だ。神楽達の願い通り、普通の幸せとやらを満喫してやろう。俺は、美恋の事を考えていた。



※※※



結局直ぐには帰えらず、パチンコをして過ごしてしまった。店を出たのは、陽もすっかり傾いた時刻だった。

「ただいま」

『銀ちゃん?』

玄関の引き戸を開けると、台所から美恋の声が聞こえた。夕飯の支度の真っ最中なのだろう。靴を脱ぎ終わった俺の耳に、ぱたぱたと廊下を小走りでやってくる美恋の足音が聞こえた。

『おかえりなさい』

美恋は三つ指をつき、深々と頭を垂れて俺を出迎えてくれる。

「こっぱずかしいから止めてくれ!ここは、どこかの高級料亭ですかっ」

俺は目をぱちぱちさせながら、声をあげた。三つ指ついて旦那を迎え出るとか、時代劇でしか見たことないわ!

「新八や神楽に見られたら、誹謗中傷の荒らしだろうが!いや、他の奴らに見られでもした……」

この後「ら」と発するはずの俺の口は、美恋を見た途端にその形のまま固まってしまった。さっきちらっと見ただけで気づかなかったが、よく見るととんでもない身なりをしてるじゃないか。

「――ッッ!!!!?美恋、お、おまえっ、そそそそ、そ、その格好はななな、ナンですかっ!?」

『どうしたの?銀ちゃん。金魚みたいに口をパクパクさせて』

美恋は俺の顔を見て不思議そうに答えるが、俺の頭の中は今の状況を整理することが出来ず、ショート寸前だった。

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