一方的という安心

とりあえず暴走しがちな美恋を上手くなだめてはみたが、あえなく撃沈した俺は結局入籍届を出すはめになってしまった。
入籍届は、美恋ひとりに行ってもらった。道中誰に会うかわからないからだ。いずれバレるとはいえ、今すぐどうこうはちょっとばかり勇気がない。なにせ急な事で俺には、心構えをする時間すらなかったわけで。一気にバレて、面白半分で押し寄せてくる奴らの相手をするなんざ、絶対無理だ。
様子を見ながらひとりずつ、話していけばいいだろう。ま、みんな口が軽いからな。ひとりにバレりゃ、あっという間に広がるだろうよ。だが、その前に説明しなきゃならない奴らがいる。新八と神楽だ。この二人にバレないのは不可能だ。騒がれる前に、いきさつを説明しておきたい。じゃないとあいつらの事だ。俺が不貞を働いたと大騒ぎするに違いない。ややこしい事この上ない。濡れ衣を被せられるのはごめんだ。
とはいえ、これではれて夫婦になったわけで。俺はリビングでコーヒーを飲みながら、美恋の手作りのクッキーを摘んでいた。カップに少なくなってきたコーヒーを足していた美恋は、机に置いてある時計を見て立ち上がった。

『そろそろ、夕食の準備をしなきゃ。銀ちゃんは何を食べたい?』

「そうだなぁ。何でもいいわ」

『買い物は明日するとして今日は、冷蔵庫に入ってるもので作ろうと思うけど、それでいい?』

「ああ、それじゃあやるか」

料理に関してはあまり器用とはいえないが、一人暮らしが長かった為簡単な料理なら出来るようになっていた。神楽が住むようになってからは、アイツの分も作るようになって台所に立つことが多くなっていた。
女とはいえ、相手は神楽。俺達とは少々違う味覚を持つ、神楽には任せられねェ。二人で下拵えをしていると、玄関扉が開く音がした。

「帰ってきたな」

『えっ?』

「新八と神楽だ。新八は知り合いの弟で、神楽は住み込みで働いてる女の子だ。さすがにアイツらには、きっちり説明しとかなきゃな」

俺は二人の事を、美恋に説明した。

『わかったわ。私も新八くんと神楽ちゃんに、ちゃんと挨拶をしたいし』

そんなやり取りをしている時、二人がリビングに入ってきた。美恋はサッと自分の格好を見下ろし、粗相がないかを確認するとにこやかに二人を迎える。

「こんにちは」

美恋はにっこりと、可愛らしく笑ってみせた。
こういう時は、幼い頃から厳しくしつけられてきた本領が発揮される。美恋は名家のお嬢様育ちなのだ。

「うっ…めちゃくちゃ可愛いじゃないですか」

「誰アル。銀ちゃんが引っ掛けて、連れ込んだアルか?」

「そういうのはやめてくださいよ、銀さん。ここには未成年者がいるんですよ。特に、神楽ちゃんの教育上よくないです」

「私は大丈夫アルよ。大人の事情がわかる年頃アルからな」

嘘つけ。さっきから言いたい放題な二人を、俺と美恋はただ呆気にとられていた。
こいつらが何を言うかはだいたい想像はついていたが、何より痛いのは二人が投げる冷ややかな視線だ。慣れてるとはいえ、今回のそれは氷点下なみだ。新八なんかは俺には冷たい眼差しを向けながら、美恋には鼻の下を伸ばしている。俺はそんな彼らの頭を、バシバシと叩きながら言う。

「お前ら、言いたい放題言いやがって。美恋、こいつらがさっき話した新八と神楽だ」

『はじめまして。水無月美恋と申します。よろしくお願いします』

「おーい、もう水無月じゃないだろう」

『あっ、坂田美恋でした』

さっき入籍をしたばかりだから、新しい苗字を名乗る機会はない。まだ馴染んでない、旧姓が出るのは仕方のないことだろう。
美恋は笑って訂正する。そして仲良く同じソファに腰かけて、二人と向き合った。面談みたいで緊張する。変な緊張感の中で、俺は事の経緯を話し始めた。

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