この音は、恋に

昼休みの間中、午後の授業中、ずっと柚羽の事を考えていた。あの柚羽の焦り方。随分、大切なものなんだろうね。
あんな困った表情(かお)、初めて見た。柚羽は相手を気遣って、何があっても苦悶の表情を見せた事はなかった。そんな彼女が手紙一通で激しく動揺してる。叱られるだろうけど、ゾクゾクする。
手紙の内容を思い出す。好きだと簡潔に綴られた想い。誰だかわからないけど、柚羽はやっぱ恋してるんだ。不思議な感覚だった。あの柚羽が恋愛に、心臓をドキドキさせてるだなんてさ。恋愛毎に無縁だったくせに、今更だなんて有り得ないでしょ。
斜め前に座る柚羽の姿を、チラリと見つめる。今彼女は、何を考えているんだろう。授業の内容なのか、それとも……。今もその胸に、恋した相手がいるんだろうか?
いいなぁ、そんなに大切に想われて……って、一体俺は何を考えているんだ。自分の感情に驚く。何だよ、この気持ち。らしくない。気持ち悪い。イライラする。僕じゃないみたいだ。
昼飯をサッサと済ませると、ジュースを買いに行くために教室を出た。自販機に繋がっている廊下に出たら、楽しそうに話をしている生徒が目に入った。それは柚羽と菅原さんで……。

「なんで、こんな所に二人でいるのさ……」

思わず、ぼそりと呟いてしまった。どうして柚羽が菅原さんと?楽しそうに笑う柚羽。胸の奥がズキリと痛い。

「柚羽の好きな人ってまさか……菅原さん?」

そんな、まさかね。
何度も自分に言い聞かせ気持ちを落ち着かせようとするが、それを押し退けるように怖い考えも浮かんでしまう。いや、怖いというより怒りに近い感情な気がする。
その感情に身を任せたら、嫌な感情が生まれそうで怖かった。柚羽が僕以外の男と一緒にいると、どうしようもなくイライラする。彼女が僕以外の誰かに笑顔を向けるたび、心臓が押しつぶされそうになる。
柚羽が僕以外の誰か、…菅原さんじゃなくても、誰か男の人を気に入ってしまったら……。
考えただけで、胸に穴でも開いてしまったようだった。家族でもバレー部の連中でも、その胸の穴は埋められない。柚羽じゃないと、絶対埋まらない。何かの罠に墜ちてしまったみたいだ。

「なに、これ……?」

僕は胸を押さえた。
何故、こんなに胸が苦しいんだろう?この気持ちは何なんだろう。僕は自分の胸に手を当てた。心臓をなだめるように。
この感情の名前は“嫉妬”だ。それはどうして起こるのか?つまり僕が柚羽に“恋”をしているって事だ。初めて自覚した。
まだ僕の存在に気づいてない二人の側に、ゆっくりと歩いていく。

「あれー?菅原さんと柚羽じゃないですか」

「月島」

『蛍くん!?』

菅原さんの態度は、いつもと変わらなかった。やましい気持ちがないからだろう。
だが柚羽は、凄く驚いた様子で慌ててる。それはきっと、やましい気持ちがあるからだ。ムカついてきた。

「月島はどうしてここに?」

「ジュースを買いに。邪魔はしないんで安心してください」

「邪魔なわけないだろ。俺も月島と同じでジュースを買いに来たら、たまたま柚羽に会っただけだよ」

「ふーん、でも、僕には関係ないですから」

『蛍くん、そんな言い方っ』

「僕はいつもこうだけど?」

「どうした?めちゃくちゃイラついてるじゃん」

「別に……。心配してもらってすみません。でも、菅原さんには関係ないです」

『何を怒ってるの?』

「怒ってないよ」

『怒ってる。今日の蛍くん、何だか変』

「気のせいでしょ」

『蛍くんっ!』

感情のない言葉が気に障ったのか、柚羽が珍しく声を荒げた。僕だって好きで、菅原さんに絡んでるんじゃない。
全部、柚羽のせいじゃん!柚羽の態度が、僕をイラつかせるんだ。

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