さぁ、茶番を始めようか
授業中、柚羽が落としたであろう手紙が気になって仕方がなかった。彼女とは長い付き合いだから、見慣れた字を間違えるはずがない。
そうなると、渡すはずだった相手は誰かって事だ。宛名や相手を示すような言葉は、どこにもなかった。故に、柚羽が恋する相手が誰なのかわからなかった。
何だか柚羽の重大な秘密を握ってるような気がして、ほんの少しだけ優越感に浸ってしまう。いつも俺に小言ばかり言ってくる柚羽が、男に恋なんて…。可愛いところがあるじゃんか。信じられない。
さてと、この手紙どうしようかなと思う。このまま、僕が預かっておくのもいいかもしれない。そうすれば無くした事に落ち込んで、どこの誰だがわからない男とはうまくいかないかもしれない。
そうなれば楽しい。むしろ、そうなればいい。けど、柚羽は落ち込むかもしれない。ラブレターなんて、当人同士しか見たくないものだからね。やっぱ、めちゃくちゃ落ち込むんだろうか?泣いちゃうかもしれない。
想像したら胸の奥がぎゅっと締めつけられて、何だが関係ない僕まで切なくなってきた。やっぱり僕は柚羽の涙は見たくない。
丁度、昼休みを知らせるチャイムが鳴る。返してやるか…そう思った時、柚羽の方から話しかけて来た。
『蛍くん、あの…』
「なに?」
『もしかしたらなんだけど…、封筒に入った手紙とか見なかった?朝レンの時はあったんだけど』
ギクッとする。
だってさ、僕が持ってるわけだし。
柚羽は隠してるつもりみたいだけど、僕には“必死”に見えた。かなり動揺してる感じだ。まぁ、そうだよね。ラブレターなわけだし。
さっきまでは返してやるつもりだったけど、柚羽の必死な顔を見たら何だか、返したくなくなってしまった。だから、しらばっくれてみる。
「は?手紙?何それ。知らないけど」
『ほんとに?』
「体育館にでも、落としたんじゃないの?」
『探してみたけどなかった』
「そんなに大切なんだ?」
『…うん、まぁ』
「なに、なに、どんな内容の手紙?」
『……っ見てなかったらいいの。蛍くんには関係ないし』
むかっとした。
何だよ、それ。僕には関係ないって。でもよくよく考えてみるとそれってつまり、あの手紙は少なくとも僕宛てじゃないって事だよね。
胸の奥がぎゅんっ、と締まった。怒りというより切ないって感じだ。
「なんなら、探してあげよっか?」
『え……っ?』
「僕も、一緒に探してやるって言ってんの。どんな内容の手紙?」
『…そんな事…言えない。それに、蛍くんには関係ないって言ってるじゃない』
「ふーん」
『でも…もし見つけても、絶対中身を見ないでね。見たら、絶交なんだから!』
必死な表情で、食ってかかってくる柚羽。そこまで言われたら人間の心理として、余計に読まずにはいられなくなるって事、柚羽にはわからないのかな。
ほんと、日向を上回るくらい単純だよね。
「もしかして、ラブレターだったりして?」
『……っ』
言った瞬間、柚羽の顔が真っ赤に染まった。これはもう、誰が見ても確信を持てるだろう。
柚羽ってば素直すぎ。
顔を真っ赤に染めて、めちゃくちゃ女の子してんじゃん。やっぱ、恋してるんだ。柚羽の心には、今も誰だか知らない男がいるんだね。
何故だろ、すごくムカつくんだけど。
『もし見つけたら、中身は見ずに直ぐに連絡してね』
見つかるわけないじゃん。僕が持ってるんだからさ。
「はーい」
焦ってる柚羽に向かっていつもの無表情、棒読みで応えた。