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カツンという耳障りな音が鳴り止んだと思った瞬間、くすりとした笑い声で震えた空気がその止まった時間を瓦解した。

扉から入ってきた風に気をとられて目を瞑れば、首筋にひたりとした感触。
見なくてもわかる、これは。

「何ですか臨也さん、この物騒なものは」

「んー?何ていうか、挨拶?」

「傷なんか付けられても、契約しませんからね」

「ははっ、契約、ねぇ…ま、あながち間違っちゃいないか」

にやりと唇を歪めて笑う臨也さんは酷く楽しそうで、つい右手に握ったボールペンを握り締める拳が固くなる。
でもお互いに動き出さない。
首もとに当てられたナイフも、急所を狙いうつ直前のボールペンも、止まったまま、ただ、相手の意向を探り合う。

まるでひび割れそうな空気を切り裂いたのは臨也さんの方だった。

「今日はさ、帝人くんに用があったから来たんだ。上がるよ?」

まだ許可していないのに、唐突に玄関に足を踏み入れた彼を止めることができず、部屋に通してしまう。
そこでふと、思い出す。

臨也さんが狙っているのは、ダラーズの創始者しか知り得ない情報。
ならば、真っ先に疑いを掛けるのは、
情報端末を沢山忍ばせた、僕のこのボロい部屋で唯一の高級品である、パソコン。

たっと廊下を駆けて、パソコンを興味深げに眺めていた臨也の前に立ちふさがって云う。

「これに触れちゃ、ダメですからね」

「ふーん?相当警戒されてるんだ、俺」

「…っ、まぁ」

ひょうひょうと僕の臨也さんに対する評価を言ってのけた彼は、まるでそれを気に留めるでもなくその口から言葉を紡いだ。

「…俺が興味あるのはこんな機械じゃなくて、君自身なんだけどねぇ」

「へ?」

「パソコンなんかに、関心は無いよ。確かにダラーズの情報には大いに興味深いけど、それより欲しいものがある」

「…何ですか、それ」

まさか。
ダラーズの情報より欲しいものがあるなら、それは、僕には圧倒的に不利になる。
臨也さんに対抗できるのは、彼がこちらの情報を欲しがっているから対等になれるからであって、もしそれが必要ないと蹴られてしまえば、僕が臨也さんと並べる所など無いに等しい。

それでも、情報屋という地位は帝人の非日常を求める探求心を酷く刺激した。
居場所が、欲しかったのだ。
この非日常の中で、怪異と肩を並べることのできる場所が。

だから、訪ねる。
その場所を手に入れる為に、臨也さんをその場所から引きずり落とす為に、何でもしようと、そう、思っていた。

「俺が欲しいのは、君だよ。帝人くん」

その言葉を、聞くまでは。

( 自分の中で、何かが崩れる音がした )




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