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僕の答えを全否定するような答えが返ってきたけれど、臨也さんらしくない、なんだか少し矛盾している気がする。
彼が出す答えはいつも、完璧に完結にそれでいて明確だった。白と黒、善と悪、嘘と真実、すべてをはっきりさせていて、そして否定された人物に絶望を引き起こすような、そんな解答。

それなのに、どうした。
矛盾、しているだなんて。

少し勝った気がして、優越感からクスリとパソコンの画面越しに嘲笑を向けた。


「臨也さんともあろう人が…ふふ、」


だって、おかしいじゃないですか?
「アイ」について尋ねたのはあなたなのに、「アイ」の存在を否定するだなんて。
それに、臨也さんのその返答にも異議がある。

「アイ」の存在を示せない。
だから、「アイ」とは「ワタシ」だという答えは間違っている。

そう、言いましたね?
確かにそう言った。
なんならログを戻して音読してあげましょうか。

あの臨也さんに優位に立って楯突いているという事実が僕を興奮させて、まくしたてるように思考を広げた。


ならば、
あなたは人間の存在証明をできるというんですか?

僕は、「アイ」とは「ワタシ」だと答えたけれど、「ワタシ」の存在を、僕自身の存在が証明できるだなんて言っていない。

人間の存在証明なんか簡単にできるものではない、…否、不可能に近い。
例えば、今ここで、思考を繰り広げている僕が、僕であると誰が証明できるだろう。
もしかしたら、これは僕の見ている都合のいい夢かもしれない。もしかしたら、この地球がパラレルワールドで、本当の竜ヶ峰帝人は別の地球にいる方かもしれない。

かも、しれない。

じゃあここにいる僕は誰?

…もう、わからなくなった。

だから、証明するなんて、不可能。
臨也さんが云う、「アイ」の概念は人個人で違うという理屈はわかった。だから存在しないというのもわかった。
でも、「ワタシ」だって存在しないのだから、僕の答えはあながち間違ってはいないのだ。

そう告げようとして、頭の中で文章が組み立たないまま、ただがむしゃらにキーボードに指を走らせていれば、


>甘楽
そろそろ落ちますねー


まるで僕からの返答に逃げるようにして打ち出されたそれを見て、壊れた玩具のように指を動かしていた手を止めた。


「どうして、逃げるんですか…臨也さん」


僕は逃げずにチャットルームに来
て、それなりの答えを出したというのに、正く否定も出来ずに、居心地が悪くなって逃げ出したような臨也さんの対応に、チッと舌打ちをした。
そして、それから、彼の不可解な行動について考える。

結局、僕の抱きつつあるこの気持ちが何かわかないままだ。
それに、常に冷静沈着で憎たらしい臨也さんがあんなに動揺していたのは、昨日のことに触れられたくなかったから、なのだろうか。


「そんなの、卑怯じゃ、ないですか」


自分だけしたいことをして、それでいて、自分の都合が悪くなったら逃げ出すなんて。
それじゃ、小さな子供と何ら変わりはしない。


「あんなに、愛してる、愛してるなんてばかみたいに叫んでる人が、何でこんなことに悩んでるのかな…やっぱり、わかんないや」


「アイ」は何か、なんてわかる必要は本当はないのだと思う。
ただ、受け入れること。


不条理を、理不尽を

堕落を、混雑を

偽善を、偽悪を

嫉妬を、見苦しさを

裏切りを、不幸せを

不都合を、インチキを


ただ、そんな理に適わないものたちを、愛しい恋人のように受け入れること。

それが、「アイ」であり、「アイ」の存在であり、そして「ワタシ」なのだと。


「ばかみたいですけど、ね。」


臨也さんが逃げるなら、こちらから追いかければいい。
静雄さんみたいに肉体的に動くのではなく、精神的に。
彼に振り回されるのは、もう懲り懲りだと、パソコンの電源を落とした。


「だいたい、自分からあんなことしてきといて、どういうつもりなんですか…まったく。それに、」


はぁ、と溜め息をついて、ただの憶測を口にした。


「今まで、あんなに人間に嫌われるようなことをしときながら、愛がどうとか、そんなことを言い出して。今更すぎですよ…、それとも、」



「嫌われたくない人間ができたって云うんですか?」



この間から疑惑していた、臨也さんがもしかしたら、その、僕に何か想いを抱いているのかもしれない、という推量と繋げてみれば、パズルの凸凹がはまったかのように辻褄が合う。

合うのだ、けれど。

結局憶測は憶測に過ぎなくて、だけどそれを確かめる術もなくてただ途方に暮れた。


「僕の思考をこんなに支配するだなんて、まるで僕まで臨也さんのことを好きみたいじゃ…、っ、」


自然と唇から漏れたその言葉にはっとして口を塞ぐ。

まるで
僕が臨也さんを好きみたい?

今、そう言おうと、したのだろうか

まさか、そんな。

でも、思い立った疑念はじわじわと思考を侵略していく。
キスされて、気持ち悪くなくて、ドキドキして、四六時中彼のことを考えて、生活さえままならない。
正臣に言わせれば「それはな、恋だ!」とでも断言されそうな症状に頭を抱えた。

知らず知らずのうちに嵌り込んでしまっていたのだ。


「もう…!臨也さんの、せいだ…ッ」




( 疑惑、推測、自覚、それから、 )



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