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朝目が覚めたら、爽やかなくらいの清々しい朝で、まるで昨日の出来事なんか夢の最中のことだったんだろうと言われてしまえば信じてしまいそうなくらいだった。
出来ることなら、そうだったならこんな気持ちに気づくことなく、毎日変わらない日々を送れたというのに。
それでも朝は巡る。
時間は時として残酷なくらいに速さを変えず一定に刻んでいく。


「おーい」


今朝から、ずっとこうだ。
何も上手く手に付かなくて、何かを考えだしたと思ったら頭の隅で臨也さんが邪魔をする。まったく、現実でも脳内でも歪みないうざさである。
安心のうざさ。そんなものは欲しくない。


「おーい、帝人、なぁ、聞いてる?なぁって、帝人!」


はぁ、と根心の溜め息をつきながら弁当を口に運べば、目の前に近づいてきた正臣の顔に吃驚して、ガタンと椅子を揺らした。


「っわ、ちょ、何!正臣!近い!」

「さっきから呼んでんのに気づかない帝人が悪い!」

「へ?あぁごめん正臣、なんだっけ、これからの日本の行く末についてだっけ?」

「そんな小難しい話はしていない!…ったく、朝からずっとそんな調子だけど何かあったのかー?」

「あったといえばあったし、なかったといえばなかったかな」

「どこの企業秘密だそれ!」


帝人らしくないぞー、なんて言いながら珈琲牛乳を吸う正臣をじーっと観察してみる。もし昨日キスされたのが正臣でも、こんなに悩んだりしただろうか。
いや、それは、ない。
たぶん。

ほぼ間違いなく断定できるのだけど、やっぱり曖昧にはしておきたくなかった。なんというか、この感情に翻弄されている時点で臨也さんの掌の上で転がされているような気がして、それがどうしようもなくいらっとしたからだ。


「ね、正臣」

「どうしたー帝人?俺様に見惚れて、そんなにカッコイいかー?」

「…√3点。…ここ、付いてる」

「あ?…って、みっ、帝人?!」


負けず嫌いな性格が相俟って、つい行動に移してしまった。昨日自分がされたみたいに、正臣の頬に小さくキスを落とす。
うん、別に、気持ち悪くはない。
…けど、あんな風にドキドキしたり、しない、な。
される側とする側にそんなに差があるとは思えないから、やっぱり僕はどこかおかしいのだろうか。だって、そうじゃないと、臨也さんが特別、みたいになってしまう。

気にしないように、犬にでも噛
まれたと思って忘れようと、そう思っているのに、気づけば臨也さんのことを考えてしまっていて、ああもう、どうして、

隣で正臣が何か言っていた気がしたけれど、ぽやぽやした頭にはその声は届いていなかったようで、結局午後の授業も対して頭に入らずに終わってしまった。




「考えてても仕方ない、か。…臨也さん、いるかな」


昨晩はよくわからないまま、あやふやにして帰ってしまった臨也さんに真実を問いたださないと、僕の私生活に支障をきたす。これ以上、彼のことでもやもやと頭を悩ますのは勘弁したい。
それに、今日はパソコン越しのチャット。少しは冷静に物事を判断できるだろう環境に、ほっと胸をなで下ろす。
パソコンでの取引は、得意だ。
対人関係で何かを成し遂げるより、ずっと単純明快に事が済む。
臨也さんにもその方法が果たして効くのかわからないけれど、このまま放置するよりマシだと思って、パソコンを起動させ、慣れ親しんだチャットにログインした。

僕がログインするとすぐに、甘楽さんーもとい、臨也さんーが入ってくる。振り切れるテンションで挨拶をしてきた甘楽さんに、一体そのパソコンの向こうで何を考えているのだろうと意向を探っていれば、

>甘楽
愛って一体何だと思いますかぁ?

おちゃらけた口調で尋ねてきたのは、昨日の続きなのかただの会話なのか。
少し悩んだ後、見なくても打てるようになったキーボードに指を滑らせた。


>田中太郎
お金で買えないもの、ですかねー
買えないものなんかないって言いますけど、何者にも値段をつけるだなんて、無理だと思いますよー私は。


>田中太郎 内緒モード
僕は、非売品ですから。
愛とは何?
それは、「ワタシ」です。


そう、
例え値段を付けれたとしても、高すぎたら…そんな数字なんか存在しない値段だとしたら、結局は買えない。
意味が、無い。

愛はiにしてIとなる。

愛は虚数みたいに実在しないもので、転じて云えばそれは自分自身なのだ。
存在なんか示せるものではない。

だから、こう答えた。

もし臨也さんが向けるそれが、僕が臨也さんに向けつつあるー今認識しだしたばかりだから確定ではないけれどーこれが、「アイ」だと云うのなら、
今の僕達にはこの解答が部相応だと思ったから。


( 遮るものは、液晶画面 )





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