Z
「.....ねぇ」
「ん?何だい」
資料を手に持って、こちらをちらりとも見ようとしないまま、不意に波江はソファーの横を通り過ぎようとした俺を静かな声で呼び止めた。
「やめてくれないかしら」
「やめるって一体何をさ」
はぁ、と大袈裟な溜息をついて俺の方を見た彼女は、心底不愉快そうに眉間にしわを寄せた。
「その顔、やめてちょうだい。何なのよ、一体。笑うのならいつもみたいな悪巧みの笑顔の方がましよ。」
そのまま波江は、お疲れ様とだけ言葉を発して帰っていった。
思わず右手を口元にあててみると、納得。
確かにいつもの笑い方とは違うかも。
なんていうか、今の俺はきっと。
「まさに、人間。なんだろうね。」
別に自分がヒトでないって言ってる訳じゃない。
だって俺は静ちゃんのようなバケモノではないからね。
けれども決して俺という存在と人間はイコールじゃない。
俺は見知らぬ人や事態にマインドコントロールされるような馬鹿ではないのだから。
はっきりいえば、俺にとって人間なんてただの手駒にすぎない。退屈な日常という名のゲームの捨て駒。主役にも、名前のある役にもなれない、所謂通行人Aのような存在。そんな彼等が俺は好きなんだよ。
新羅曰く、これは慈悲じゃないかって。
愛ではなくて、単なる憐れみだと。
いつもの笑みは、相手を見下してる証。
そして笑いの原因は単なるヒトへの好奇心。
でも今浮かぶこれは、珍しく自然なもので。
ああ、そういえば俺も人間だと認識させられる。
「俺の人への愛が愛でないのだとしたら、一体本物の愛って何だろうね」
いつもみたいに人間を観察して答えを得ようとして、やめた。
変わりに、と起動させた愛用のパソコン。
そして開いた、画面。
いつものチャット画面。
答えがあるとしたら、
君に教えてもらおうと思ったんだ。
運よく、田中太郎さんは既にそこにいた。
カタカタとタイピングする音だけが部屋に反響する。
「.......ははは」
エンターキーを押した右の薬指をその勢いにまかせて目の高さまで跳ねさせた。
>___甘楽
愛って一体なんだとおもいますかぁ??
田中太郎...いや帝人くんからの返事が来るまで
あと180秒
(さぁ、君の答えで俺を染めて)