「.....大嫌いだよ、シズちゃん。」


そう口にして俺はため息をつく。別にこういうことが言いたいわけじゃない。
そりゃ、たまには本心から言いたくなるときはあるけど、基本的には嫌いだとか死ねとか特に言うつもりはない。
まぁ、一応恋人同士だし。

でも、残念なことに俺の語彙力はシズちゃんといれば何故か少なくなる。原因なんてわからないけど、おそらくシズちゃんのせいだ。


嘘つきな唇をなぞってみた。
冬の寒さのせいか、すこしかさついた感触。


好きなのに、と思い再び俺はため息をつく。
俺は、平和島静雄が好きだ、愛してる。そこに嘘はない。
なのにどうしてもシズちゃんに好きという言葉も愛してるという言葉もあげることができない。

俺の唇から紡ぎだされる言葉はいつもキライばかりだ。


「...別に何か特別、っていうわけじゃないんだから、素直に言えたっていいじゃないか。」


あぁ歪んでいる。
性格が歪んでいるのは今となってはどうしようもないが、どうして声に出す言葉までもこんなにも歪んでしまうのだろうか?


こんなんじゃ、いつかシズちゃんにも.......


縁起でもない考えが頭をよぎる。シズちゃんがこんなことで俺を捨てるような外道じゃないことはわかってる。
それでも少し、怖いのだと幽かに震えだした指を握った。



たとえば、の話だ。そうたとえばのはなし。
遠い遠いいつか、もしシズちゃんの目の前にシズちゃんの理想の人が現れたとしよう。
もちろんその人は女で、シズちゃんの子どもを生むことも可能で。
その人は俺とはちがってまっすぐだろうからきっとはにかみながら言うのだ。

『好きだよ。』

好きのかわりに嫌いという俺と、素直に優しく好きという誰か。
シズちゃんはどちらを選ぶのだろうか?...考えたくもないがきっと俺はシズちゃんの中から消える。
シズちゃんは永久に俺の特別。他の誰とも比べようのない特別なのに、シズちゃんの特別は俺じゃなくなる。
そんなのは、嫌だ。


柄にもなく、ネガティブな思考が体を駆け巡る。血の流れにのって脳の中から足の先まで。
不安が侵食する。侵食するなら、嘘つきな俺を侵食して消してくれたらいいのに、と思う。


人、という集団に愛を叫ぶことは何の苦労をすることなくできるのに
肝心な人に伝えられないのは、少し苦しい。


あぁきっと神とかいう存在するかもわからないものが
俺が人を愛してるのが気に入らなくて罰をあたえたのかもねとふざけてみたが余計虚しくなった。



「…なにしけた顔してんだよ?」

「え、あぁシズちゃんおかえり。早かったね。」


何時の間にか背後にたっていた恋人の存在に驚きつつも俺は振り向き笑った。
でもそんな俺を無視してシズちゃんは俺のとなりにどすん、と座った。


どうしたのだろうかと思い顔を覗き込んでみると、いつになく真剣な目が俺を射抜く。
….シズちゃんの、この目は嫌いだ。
何もかも見透かしてそうで、嫌いだ。俺の醜い所も汚い所も….まぁ知ってることなんだろうが
見透かされてそうで、怖い。


どうしようかと思った挙句、そっと目を逸らした。すると、不意にシズちゃんの右手が、あがる。
叩かれるのだろうかと思って体が強張ったが、俺の予想を反してふりあげられた手はぽすん、と音をたてて俺の頭の上に置かれた。



「….え?」

「あ゛?んだよ?」

「ううん…別に…」

「…….おい、臨也。」

「?」

「あんまそんな顔してんじゃねぇぞ。…まだ憎たらしい笑み浮かべてる方がましだ。」

「!」


それだけ言いきってシズちゃんは俺から顔をそむけた。幽かに見える耳が赤い。
隣にあるシズちゃんの指に触れて、その指を俺の指と絡ませて、みた。
伝わる体温と心音。それが心地いい。


「…シズちゃん、」

「…」

『       』



それが言葉になったのかどうかは知らない。俺の言葉にシズちゃんが一生大事にしてやるという男前な発言を残してまたそっぽを向いた。

伝えられなくたっていい、と少し開き直った自分に笑いながら、俺はシズちゃんの背中に抱きつく。
そして、いつも通り意地悪げに囁くのだ。


「…ちゃんと俺だけをみててね。」





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再び迷子←

  


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