【掌編】それを指折り数えて幾千年B
2013/07/01 23:35



 「深く考える必要はない、私は夢のようなもの」という言葉に「名前が無いのなら」と青年が呼ぶための名を付けた。

 「ネーヴ」
 女の甘い声で呼ばれ、青年の顔はそちらへ向く。
「ユーグ、だよ」
 ねめつける青年に、女は悪びれるわけでもなく笑む。
「ユーグは、名前を隠さなくても平気なの?」
「うん。僕に単純な呪いは効かないからね」
 ユーグの言葉に、名前をなくした女は苦笑するしかない。あまりにも、違うのだ。精霊と、人間とでは。
 精霊が、ユーグという青年に与えたのは、新しい命ではなく、新しい体でもなく、青年の息をつなぎ止める永遠の時間であった。かつて「魔女」と呼ばれた女にも、青年が生き続ける理屈がわからない。
「そうだ、ええと……」
「……どうかして?」
 女は、言葉に迷っているらしい精霊に、次の言葉を促す。
「ううん、なんと言ったかな?」
「もしかして、わたしの連れている男のことかしら」
「うん! “その子”! 緑の髪の……名前はなんだったかなぁ?」
 精霊の言葉に、女は内心で苦笑した。二人が供に思い描く人物は、偉丈夫とまでは言えずとも鍛えた肉体をもつ立派な成人で、とても“その子”などと呼ばれる雰囲気ではない。けれど、目の前の一見たおやかな青年の本性は、人間の男など可愛いものと判じてしまうほどに、深大な存在なのだ。
「名前は、その石板の中にあるわ」
女が言えば、青年の顔はこれ以上ないほどに綻ぶ。
「……なあに?」
「君にとって、彼は大切なものなんだ」
 無邪気としか言い様のない顔と声で断言する青年に、違うと言い返したい気持ちを抑えて、女は困惑の表情を作る。
「なぜ、そうなるのかしら?」
「簡単なことさ」
 女の持ち込んだ篭と、二対の銀杯を載せた小さな円卓。ささくれて色褪せたその円卓に似合わない、真新しく美しい装飾の施された揺り椅子。女が座るその大きな揺り椅子を優しく揺らしながら、精霊は言い聞かせるように話しはじめた。
「僕は知っているよ。君は天の邪鬼なんだ。賢い君の、一番の魅力はそこさ」
「ありがとう、と言えばいいのかしら。複雑だわ」
「天の邪鬼な君は、いつも彼を連れている。煩わしいと言いながらね」
「そこは否定しないわ」
「何の力もない彼を傍に置くのは、何故だろう?」
「なぜかしら」
 女の頭上に、嬉々とした声が降る。
「愛だよ!」



  (つづく)



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