【掌編】それを指折り数えて幾千年A
2013/06/27 18:46




 それから長い間、精霊は青年の体を借りて“生きて”いる。
 すでに人類としての寿命は過ぎていた。それでも青年の姿は変わらず、病にかかる事もなく、その身に流れる時を止めて、悠々と過ごしている。
 精霊の日課は、眠る青年に話しかける事。
 青年の手を使って頬を撫で、肩を包んでみる。精霊と青年がまだ別々であった時分、心地がよいと喜ばれた行為だ。自分で触れてみて、なるほど、これは随分と落ち着くと感じられ、青年に語りかける時はこのようにしていた。
「ユーグ」
 青年の名を青年の声が呼ぶ。おかしいけれど、精霊は満足であった。青年の声はただ優しい。
「もうすぐ雨が降るよ。扉を閉めてまわろうか。一人では時間がかかるからね」
 そう言うと、青年は革のサンダルをペタペタと鳴らし、石の床を歩き始める。
 古い収穫の唄を口ずさみながら、青年は木製の窓を閉じてまわる。
 最後に玄関の大きな門扉を引くと、灰色を帯びた屋外に人影が見えた。
 精霊はそれを見て、一人、声を上げる。
「ああ、お客さまだね!」
 青年は扉を押し戻し、外に立つ“客”を迎え入れた。
「雨が降ってくるよ。早く、中へ入って」
「あら、そうなの?危なかったわ」
 客は、菫色の髪を腰まで伸ばした美しい女だった。女はメーベルという。
 青年の姿をした精霊は、メーベルの持つ小さな篭に興味を持った。
「お土産よ」
 そう言って微笑むメーベルに、青年の目が輝く。
「なあに? なあに? ぼくの知らないものかな!」
「さあ、わからないわ」
 篭の中身を隠す布をメーベルが捲ると、そこには小さな石板がたくさん入っていた。青年の顔は怪訝そうである。
「変な感じがする」
「呪いよ。名前を閉じ込めてあるの」
 メーベルが無造作に石板を一つ摘まんで見せた。白くザラザラとした表面には、精霊の知らない模様が刻まれている。とてもシンプルで、「名前を閉じ込めてある」という言葉から、それが文字で誰かの名前を表しているのだろうと、精霊は考えた。
「これがお土産?」
 反応の薄い精霊に、メーベルは笑顔をみせた。
「私の名前もあるのよ。ソレに閉じ込めたから、もう、名前呼んじゃダメよ」
「なんで?」
「名前を隠しておきたいの」
 メーベルの言葉に、青年の顔は明るさを取り戻す。「名指しの呪い」といったか、名を知られると命を亡くしてしまう呪いがあったことを思い出したのだ。
「ぼくを、頼ってる?」
「そうよ」
 精霊は喜んだ。
 今は名を無くした女の手を取り、では何と呼んだらいいだろうか、君をずっと守ってあげるよ、と弾む声で矢継ぎ早に告げる。躍る二対の足音に、降りだす雨音が続いた。


 朽ちる事のない肉体の底で、青年の意識はずっと眠ったまま、精霊に全てを委ねている。



  (つづく)



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