人間、異性に少しでも好意を抱いてしまえばその熱は一気に上昇して、恋に発展する。 無論俺も例外ではない。 俺かて好きな子の一人や二人、居るんやで。 いや、別に二股しとるとかそういう意味やなくて、これは何ちゅーか言葉の綾っちゅーか。 で。肝心のその好きな子が俺に振り向いてくれへんねん。 突然やけど俺は、自分で言うのも何やけど整った顔立ちしとる、所謂イケメンっちゅー奴で。 女子からの黄色い声が全くない訳やない。 むしろ、毎日騒がれまくりやし、しょっちゅう告白されたりもする。 ああ、モテる男はつらいな。 話を戻すと、こんなに俺はモテるのに、何であの子は俺を好きになってくれへんねやろか? 何や?俺の何が駄目なん!?俺はこんなにイケメンやっちゅーのに!! 「白石、体調悪いんやったら保健室行って良えんやで?」 教壇に立つ教師の声で俺は我に帰り、同時に授業中であることを思い出した。 知らぬ間に呻き声を上げていたらしい。 クラス中の視線が俺に集中している。 あぁ、また目立ってしもた。 「いえ、大丈夫です」 俺が答えると、授業が再開された。 はぁ…どうやったら俺に振り向いてくれるんやろか。 溜め息を吐きながら、俺は斜め前方の神谷さんを見た。 神谷さん、好きや。好きなんや。 俺の視線に気付かず、彼女は黒板の文字をせっせとノートに板書している。 癖なのか、時折シャープペンシルを口元に持っていく仕草も、また愛らしい。 何を思ったか俺は、彼女の足下にシャーペンを落としてみた。 カタ、とシャーペンの落ちる音に気付いた神谷さんは、それを拾って此方を振り返る。 あ、神谷さんが俺のシャーペン触った。…やなくて。 おおきにと神谷さんに礼を言ってそれを受け取ると、彼女はふにゃっと笑った。 ――せや。俺はこの笑い方が好きなんや。 嘗て彼女と廊下ですれ違った時。 何に躓いたのか、彼女は盛大に転んで持っていたノートやら何やらを床に散乱させた。 見て見ぬ振りするのも男として廃る。俺は慌てて立ち上がる彼女を助けてやった。 ――おおきに白石くん!これあげる! 神谷さんはお礼にと持っていたお菓子をくれた。 そして例の笑顔を向けられた俺は、彼女に惚れてしまったのだ。 我ながら単純やけど、俺は見る見るうちに神谷さんに惹かれていった。 慌ただしくて、ドジで、ふわふわとした雰囲気が何とも可愛らしい。 彼女の瞳が俺だけを映す日は来るのだろうか…。 時は流れ、放課後。 部活も終わり、帰宅しようとしていた所、教室に体操着を忘れたことに気が付いた。 俺はみんなに別れを告げ、一人教室へ向かう。 あーあ。俺はどうすればいいものか。 小春に相談すると「告ればええやん」て言われたけど、実を言うと以前一度告白したことがある。 …いや、俺にとっては告白のつもりやったんやけど、神谷さんはそう受け取らんかったらしく…。 「好きや」言うたら「牛丼」なんて返されてしもて。 それ以来まともに会話もしていない。 「あれって天然なんやろか…それとも俺のこと嫌いとか…」 自分の発言に些かショックを受けながら教室の扉を開くと、見慣れたクラスメイトの姿があった。 机に突っ伏して睡眠をとっているその人物が誰なのかは、確認するまでもなかった。 「神谷さん…」 夕日に照らし出されたその寝顔は、今まで見てきた何よりも綺麗で。 「び…っくりした。天使かと思うた――」 同時に俺は息を呑んだ。 彼女の制服のスカートが、若干捲れていて… いや、見てない。俺は何も見てへんで! 俺は少しでも自分を落ち着かせる為、ポケットから携帯を取り出した。 そして手慣れた動作でtwitterを開く(盗撮すると思った奴出てこい)。 『@Kura_ecstasy 天使がいるなう。二人きりなう。死にそうなう。』 『@zenzaaaai @Kura_ecstasy エクスタらないように気を付けてくださいね。』 『@lovely_koharu @Kura_ecstasy 蔵リンふぁいと〜っ』 流石小春、何のことか分かっとるわ。 それにしても財前、エクスタるって何やねん…。こいつは俺を何やと思うてんねん。 「ふわ…あれ、白石くん?」 突然背後から掛けられた声に、俺は肩を震わせた。 「うわっ、神谷さ…ききき、今日も良え天気やな〜…」 天使の目覚めと同時に、焦りと緊張とが一気に押し寄せてきた。 お、落ち着け俺。 取り敢えず今の状況を冷静に見直してみよう。 夕日を背に、放課後の教室で二人きり。無防備な神谷さん。 これは、どう考えても、今しかない。 マイエンジェル神谷さんに、俺の想いを…!! 「神谷さん!」 「ど、どないしたんそんな怖い顔して…?」 「俺が前、神谷さんに好きや言うたん覚えとる?」 「あ、うん。バッチリ覚えてんで」 神谷さんは面白そうに「牛丼〜」と言って、ふにゃっと笑う。 「それなんやけどな、実は俺…」 「白石くん知ってる?」 俺の言葉を遮ると、彼女は悪戯っぽく笑った。 「私かて照れ隠しすること、あるんやで」 じゃあまた明日、なんて言って走り去って行く彼女を見つめて。 あぁ、あんな笑い方初めて見た、とか、あんまり走ったらまた転けるんちゃうやろかとか。 そんなことを頭の片隅で考えながら、彼女の台詞を何度もリピートしていた。 きっと今、俺の顔面は夕日にも負けないくらいに真っ赤なことだろう。 次神谷さんに会うたら、今度こそ返事を聞こう。 彼女が置き忘れたバッグを再びこの教室に取りに戻ってくるのは、きっとそう遠くない未来だ。 ← |