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 水戸部くんが喋っているところを、わたしはいまだかつて見たことがない。
 彼とは高校に入ってからリコに手伝いを頼まれたバスケ部で知り合った。寡黙だが優しく、みんなにも信頼されている彼を見つめているうちに徐々に惹かれ、積極的にアピールして付き合って今に至る。
 水戸部くんは身長が高くガタイがいいが、根っからの草食系男子でなかなか自分から行動を起こさない。それもあってわたしがゴリ押ししたら落ちるかも、と思ったわけだが……ふと、気が付いてしまった。

 わたしは水戸部くんに好きだと言われたことがない。それどころか、喋っているところすら見たことないということに。

 思えば告白した時も、「わたしと付き合ってください」という言葉にこくりとひとつ頷いただけ。わたしも余裕がなくて水戸部くんの顔色を見ることが出来なかったが、もしかしたらわたしの気迫に押されて流れで付き合っているのかも、しれない。同じ部活だし、断ったら後々気まずいからと気を遣って……?考えれば考えるほど思考は悪い方向に進む。

 そうだよね、付き合って3ヶ月も立つのにキスはおろか手をつないだこともデートもしたことない。……お昼だって、いつも小金井くんと食べてるし。


「わっ、」

 ポン、と後ろから肩を叩かれて、振り向くと水戸部くんがいた。部活はもうとっくに終わり、各々が着替えて帰路についているはずなのに。わざわざ忘れ物をしたわたしを心配して来てくれたのだろうか。
 ごめん、驚かせた?とすまなさそうにわたしの顔を覗き込む水戸部くんに全然大丈夫だよ、と告げる。

 ホッとしたように微笑んで彼はわたしの頭を撫でようとしたが、先ほど考えていたことが頭をよぎって思わず身体が強ばる。それに気付いたのか、ごめんと言わんばかりに眉を下げて離れていく彼の手を、思わず掴んだ。


「……ね、水戸部くん。わたしのこと、すき?」

 掴んだはいいもののしばらく言えなくて、ようやく紡いだ言葉は、たったそれだけ。けれどそれにはわたしの不安も、彼を信じきれない弱さも、ぜんぶ含まれていただろう。
 言葉がなければ愛されていると思えないなんて、そんなわけない。わたしを気遣う眼差しや、指先から、ちゃんとわかるのに。わかるのに、不安になってしまうなんて。
 じわり。涙で潤みはじめた視界。鼻の奥がツンとする。必死でそれを零さないように、我慢した。困らせたくない。心配かけたくない。ここまで来ておいて、まだわたしは心の中でそう思う。


「……ごめ、ん」

 低くて、けれど優しい声色が、わたしの耳に届く。


「俺、喋らないから。不安に、させてた?」

 まだそれが彼の声だとは信じられなくて、まるで夢でもみているようだ、と思う。いつの間にかわたしが掴んでいたはずの手は、逆にわたしの手を握っていた。少し、痛いくらいに。


「ごめん。なんにも、気付けなくて。ごめんね」
「い、いいの。大丈夫。わたしは、大丈夫だから」

 あの水戸部くんが、わたしのために声をかけてくれている。それだけで十分だ。誰も聞いたことがないという彼の声を、わたしだけが聞くことができた。……嬉しい。どうしようもなく。


「……すき。水戸部くんが、すき。わたし、水戸部くんが、だいすきだよ」

 わたしの言葉が、気持ちが、あなたに届きますように。今はまだ無理でも。いつかあなたに、その一言を言ってもらえたら。きっとわたしは、嬉しくて、ぼろぼろと泣いてしまうのだろう。


あいしてるはいつかの為に
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