log2 | ナノ
 久しぶりに授業をサボって屋上に来た。この高校の屋上への入り口は鍵がついていたのだけど、いつだかに壊れていたらしい。ヨッシーからそう教わった。それからここを知っているのは、多分ヨッシーとわたしの二人だけだ。だから、彼がわたしがいないと気づいてくれたらここに来てくれると思ってる。まぁ、気づいたらのお話だけれど。
 もう秋だ、その涼しい風は身に染みる。海常の校舎はそれなりに海に近いから尚更、潮風は冷たいとさえ思わせる。潮の薫りが鼻を通り抜け、一層寒さを感じた。錆び付いた手すりに身を預け、灰色に淀んだ雲が流れる空を見た。
「さぁむいなぁ」
「全くだ。よくこの季節にここに出る気になったなお前」
 待ち人来たり。その声はちょっぴり震えていて、いつもの馬鹿にしたような、呆れたような口調のヨッシーはまっすぐにわたしの隣に来て腰かけた。ふわりと来た風は甘い香りがする。また、制汗剤が変わったのか、前のより爽やかな匂いだった。
「また制汗剤変えた?」
「あぁ、名前忘れたけど」
「わたし、前のよりこの匂いの方が好き」
「そう」
 キツくない、柑橘類の匂いが鼻を擽るのが心地よかった。それ以上言葉はない。冷たい風が撫でるだけ。不意に触れられた感触が頭部から伝う。ヨッシーの、長い、指が、わたしの髪の毛に触れていた。
「つめた、どんだけここにいたんだよ」
「昼休みなってご飯食べてから、かな」
「手もか。お前ホント何したいんだ」
 何したいんだ、って
「ヨッシーとランデブー」
「生憎冗談は求めてない」
 いつもはなかなか見ない、マジな顔してわたしを見てきた。ホントに残念なイケメンだなぁと内心思いながら、口を開いた。
 ヨッシーったら、頑張りすぎなんだもん。朝も放課後もバスケして、練習終わっても自主的に残ってさ。そのくせ授業は寝ないし、予習はちゃんとしてるし、友達との交流はちゃんと忘れないし。
「‥そんなガスが溜まっていつか爆発しちゃいそうなヨッシーを、強制的にガス抜きしてやろーと思ったんですよ」
 インターハイの結果に後悔しただろうことも、今度は負けないと思っているだろうことも、ずっと傍にいれば彼が口にしなくたって案外分かるもので。普段は飄々として見せるけれども、ホントは真面目なことも知ってる。フラストレーションを貯めて爆発することなんて、器用な彼は感情制御が上手だからあまりないだろうけど。
「‥だからって、屋上はないわ」
「わたしも予想外だった」
 くすくすと笑って返せば、ヨッシーは息を吐いて、わたしの手を挟み込む。彼の両の手の隙間に息を吹きかける姿のまぁなんと様になること。
「ぬくい」
「文句言うなよ」
 と、校舎中にチャイムが鳴り響く音が聞こえて、ヨッシーは迷いなく立ち上がる。わたしに手を差し出すのも忘れない。
「ヨッシーはきっと英国紳士になれるね」
「お前には今日だけだ。もっと可愛い子にしかやらないから」
「ケチー」
 そんなこと言って、どうせまたわたしに手を差し出すんだ。ギイ、と鈍い戸を開く音と同時に、聞き慣れた声がした。
ありがとう
 どういたしまして、なんておこがましいから言わないよ。だから返事をする代わりに、ギュッとその繋がれた掌に力を籠めてやった。
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