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今、ひとつの青春が、目の前で終わりを告げた。


二年間、闇雲に追い縋ってきたその背中がゆっくりと肩をすくめる。
不思議だ。
涙は出ない。
しかし不思議なことに、声すらも出ないのだ。
お疲れさま、の一言すら出ない。
泣く直前の嗚咽をこらえた喉のように、ひくり、とひきつり、声を掛け合うチームメイトを前に、口を魚のようにぱくぱくさせながら目の前で広がるを見つめる。

マネージャーは一人しかいなくて、合宿や日々の練習は驚くのも忘れるほど辛くて、それでも古豪の強豪という理念を背負うその背中を夢中で追いかけて。
すべての色のついた記憶がじわじわとモノクロに侵食されていく。


ずっと、見つめてきたあの柔らかそうな色素の薄い髪も、色を失って、

ぼんやり突っ立っていると、先輩、と背中を思いきりはたかれ、驚いて振り返った。
先輩、と目を丸くしていた津川は外の方を指差し、春日サン、と言って行かなくて良いの、と首をかしげる。
まともに声の出ない喉で空気の抜けたうん、という返事をすると、津川はからかうように小さく笑って頑張って下さい、と呟いた。





「、先輩、」


会場を出た、外の水道にいたその後ろ姿に掠れた声をぶつけた。
振り返る見慣れた緩んだ目元は赤く腫れている。


「あら、来たのか」


ああ、そうか。
この人も泣くのか。
目元は真っ赤なのに、すぐにへらりと笑いを溢した先輩に肩がびくりと跳ねる。

また随分と似合わない。
色付いている髪に少し安堵を覚えつつ、似合わない涙にかける言葉を探しあぐねていると、察したのか先輩はゆっくり笑って何さ、と呟いた。



「い、いえ、あの、その…」

「なに?慰めに来たん?めずらし〜」


「っ、茶化さないで下さい!」


ぶん、と振って背中をはたこうとした腕はいとも簡単にひらりと避けられ、虚しく空を掴む。
ぐ、と歯噛みして睨んでいると、先輩はあぶねー、とからからと軽く笑っていた。
最早慰めるとかではなくいかに殴り付けるかという格闘のようなものに変化し始め、少しぜいぜいと息を漏らす。

掴めない。
掠め取れやしない。
もうよく分からなくなってきた。
ぎりぎりと唇を噛み締め、むせ返るように溢れ出てきた大粒の涙は止まることを知らない。
はたはたと地面に落ちる涙はコンクリートに黒い染みを作り、先輩はそれを見てやんわり笑う。

やはり、手の届かない距離で。




「……と、届かないんです、もう」

「うん」


「手を伸ばしても、いないんですよ、」

「そうかもな」


もう、終わりですか?
ふ、と口を押さえられ、その言葉は寸前で飲み込まれた。
一瞬だけ、ほんの少し、軽く触れたその手のひらは、なんの名残すら残さずに離れていく。



「ほら、鬼ごっこはもうおしまい」

「…そうですか」


戻るよ、と先を歩くその背中には、きっとこの先、指先を掠めることすら出来ないのだ、とその言葉を聞いて今ここで、もう一つ、青春が終わったことを改めて痛感させられた。


2012.1022
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