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 ぱちり。夜中に目を覚ましたわたしは、すぐ隣にある温もりに手を伸ばそうとして、やめた。わたしがねだって枕にしていた彼の腕から頭をあげる。未だにすやすやと眠る彼を起こさないように、そっとその顔を覗きこんだ。暗闇に色素の薄い髪は映えるけれど、それよりもいっそう際立つ白い肌。彼は普段から童顔なほうではあるが、眠っている姿はより幼く見えた。
 ほんのすこし肌寒くてシーツを身体に巻き直すと、何気なく目に入ったのは、胸元につけられた鬱血痕。服によってはぎりぎり隠しきれないところにつけられたそれを、ゆびでなぞる。いつも、確実に見えないとは言いきれない位置につけるのは彼の癖のようなものなのだろう。もう一度その寝顔に視線を戻すと、細く見えるのに存外しっかりと鍛えられた上半身が目に入って、その色気に目眩がした。
 それを見つめたまま、もう一度自分の胸元の赤を撫でた。この散らされた痕の意味を考えて、どうしようもなく切なくなるのは何度目か。この所有の証は、いつもわたしにだけ残されているものだから。



「キヨ、」


 できる限り小さな声で、彼の名前をつぶやく。起きてほしいわけじゃないのに、どうして呼んだのだろう。自分でもよく分からなかったが、ソレはすこし響いたあと、何事もなかったように夜に紛れて消えた。
悪戯心のような、背徳感のような、嫉妬心のようなものが、胸の内側から這い出てくるのを感じた。彼にも、わたしのものだという証を、つけてしまいたい。

 一度思い立ったら、迷わずその鎖骨のあたりに唇を寄せていた。わたしなりに強く吸い付いたつもりだったんだけれど、彼の肌にその痕跡が残ることはなくて。まるで彼のことは手に入れられないとでも言われているようで、それが何とも言い表せない寂しさをわたしに与えた。このまま離れるのも名残惜しくて、何度か同じ場所にただ唇を押し付けた。



「………誘ってんの」


 腕枕をしてくれていた方と逆の腕が、わたしの耳の後ろからうなじにかけて、するりと優しくなぞった。わたしが過去にした試しのないコトをしていたというのに、動揺の色が見えないあたり、今起きたわけではないらしい。


「いつから起きてたの?」

「名前呼んだとこから」

「…うそ。あんな小さい声で起きるわけない」

「まーな。おまえが起きる前から起きてた。んで寝顔眺めて、あとは狸寝入り」

「…………悪趣味」

「おまえもだろ」


 全然違うよ。わたしのもあなたのも同じ出来心かもしれないけど、全然違うものだよ。そう言いかけた声を喉の奥に押し戻して、髪に指を通しはじめた彼におとなしく身を委ねた。触れられるのは心地よいけれど、さっきまでの切なさや苦しさみたいなものが、溶けてなくなってしまう感覚には、恐怖を覚えた。



「…で?」

「………うん……?」

「なんで急に、キスマークなんてつけようと思ったんだよ」


 証拠はすこしも残ってくれなかったのに、わたしのやろうとしていたことはばれているなんて、なんとも不公平な話だ。キヨは賢くて勘もいいのんだから、その理由だって汲み取ってくれたっていいのに、なんて理不尽なことを考えてながら、手を伸ばして彼の鎖骨に触れた。


「キヨがわたしのだっていう、目に見えるものが、ほしくて」

「………つかねえだろ、あんな軽く吸った程度じゃ」

「うん。だから、拗ねてた。ね、痕ってどうやったらつくの」

「………誘ってんじゃねえか、やっぱ」


 ゆっくりとした動作でわたしを組み敷いた彼は、そのままわたしの鎖骨のすぐ下に吸い付いた。ちくりとした痛みが走って、心臓が高鳴った。


「…今の絶対見えちゃうとこでしょ」

「おまえがつけようとした場所と同じとこにしただけだよ」

「わたしもつけたい。おそろい」

「……………おまえさ…………」


 深い深いため息と同時に、キヨはわたしの肩に額をくっつけた。柔らかい髪がくすぐったくて身を捩ると、彼はゆっくりと顔をあげた。


「なんで、そういうこと簡単に言うわけ。襲うぞまじで」

「だって…わたしは、キヨのだけど。キヨは、わたしのじゃない、みたいで、」

「おまえのだよ」


 強い眼差しに捕らえられて、それ以上なにも言えなかった。オレが言ってんだから信じてろよ。絞り出すような彼の声は、ふんわりと暗闇に漂った。今頃は、さっきこの空間に溶けて散った、わたしの不安や寂しさなんかと混じりあって、この静寂の一部になっているのかもしれない。いつの間にか流れていたらしい涙を優しく拭うその指をとって、自分のそれを絡めた。ああ今だけは、朝なんて、来なければいいのに。




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20121016 めろ
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