log | ナノ

 百鬼夜行のはぐれもの、だろうか。音楽を止め、イヤホンを外す。雨も降っていないのに頭から上着を被っている男がいた。シーソーの片側に座る彼を、なまえはよく知っていた。黄瀬涼太だ。「今をときめくモデルさん」と一言で片づけられるほど、彼は単純ではない。さまざまなものが絡み合って、混ざり合ってどす黒く染まった異物こそ、黄瀬涼太である。
 公園の前で止めた足を再び動かした。空の瞼が落ちる間際だ。公園には彼以外、誰もいない。なまえはポケットへ両手を入れたまま黄瀬に近寄った。気づいているのか、いないのか。黄瀬は微動だにしない。間近で見ると彼の大きさと相まって、本物の妖怪のようだとなまえは思った。
 踵を返す。ちょうどいい高さだった。黄瀬の肩辺りに尻を預けて寄りかかった。やはり、彼はピクリとも動かなかった。
「なんスか、いきなり」
 なんだ、となまえは目を閉じる。泣いているのかと思ったのに。覇気がないだけでいつも変わらない。人を煽るための皮肉を孕んで、言葉が吐き捨てられる。
「部活ないの」
「仕事の関係で学校自体休んだ」
「あっそ」
「興味ないなら聞くんじゃねーよ」
「わたし無言苦手なんだよね」
「殴りてえ」
「スキャンダルになるよ」
 こうなっている黄瀬を見るのは、それなりにある。そもそもなまえが出会う黄瀬は大体がこうだ。示し合わせたわけではない。道端で野良猫を見つけるときのように、ふと目についてしまうのである。こういうときの黄瀬涼太は売り出し中のモデルでもなければ、海常のエースでもなく、何のレッテルもない十六歳の黄瀬涼太でしかない。
 格好が良いとか悪いとかなまえにはあまり関係のないことだった。傍から見れば顔が整っているのはわかる。だが、異性として見れた瞬間は一度としてない。興味もない。極端な話、黄瀬が生きていようが死んでいようがなまえにはどうでもよいのだ。
「なんでハロウィンみたいな恰好してるの」
 初めて、会話が立ち止まった。足踏みをするように黄瀬は言葉を探している。やがてため息を一つ零してから、「これなら見つからないと思ったんだよ」と呟いた。息を吸うよりも早く、「誰に」となまえは尋ねる。また黄瀬は立ち止まって、「誰に、だろうね」なんてぞんざいに答えた。
「誰にも、かも」
「特定はしないんだ」
「うん。あ、でもなまえには見つかる気がした」
「いつも見つけるから」
「そう」
「だって涼太、目立つんだもん」
 へえ、と黄瀬が唸る。今度は間髪入れずに「顔が」と笑ってきたから、なまえはすぐに「バカ」と笑い返した。
「顔だったら緑間のほうが好き」
「昔から変わんないね、なまえは」
「涼太にいわれたくない」
 右足を左足の後ろに持っていく。
「自分を好きな人が嫌いなんだもんね、涼太はさ」
 だから野良猫みたいに、打ち捨てられている。愛される行為に浸かりすぎた愛猫の末路。どこにも行けず、遊具に腰掛けることでしか安息感を得られない。
「かわいそうだって思う」
 興味がないからわからない。黄瀬の問いに対し、なまえは「どうでもいい」と素直に答えた。
 肩が揺れる。黄瀬は笑っていた。
「だからっスよ」
「なにが」
「俺のことどうでもいいから、なまえがいつも俺を真っ先に見つけてくれる」
 それが嬉しいのだ、と黄瀬は言った。くしゃくしゃに掠れた声音の黄瀬からは、世間で騒がれているような華やかさは爪の先ほども見当たらなかった。
「いい加減に諦めなよ。もう、帰れないんだから」
 黄瀬の肩に手を置いた。それを支えにして離れるつもりだった。けれど、なまえの手は掴まれてしまった。反動で上着がずれ、金髪が夕日の中へ晒された。
「置いてかないで、なまえ」
 骨が浮き上がるほど握りしめられているのに、心は少しも靡かない。
「追いかけてるあいだは、絶対にいや」
 痛みしかそこにはなかった。


Just for "kissed crying"|0121018

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -