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 テレビや雑誌なんかのメディアを通してしか見たことない場所に足を踏み入れた。それは女性特有の大きなひとつの夢が叶う場所でもある。暖色がかった店内のライトが幸せを模した色の様で、心がふんわりと暖かくなった。それが何だか妙にむず痒くて、繋いでいた彼の手をやんわり握り直す。私のそんな行為に気付いた彼はちょっとだけ目を見開くと「緊張してる?」って微笑ったから、「少しだけ」と答える。そしたら、さっきより目元を蕩けさせて「俺も」だなんて。あまりにも余裕そうな表情で、緊張してるようには全然見えないけど、繋がれた手にかいた汗がそれを証明してて、可笑しくなってきたのは秘密だ。

 プロポーズの演出とか、絶対こだわるタイプだと思ってたのにな。予想外にも同棲を始めて1年だった頃、いつもの食卓でいつものように晩ご飯を食べてる時だとは思いもしなかった。あ、でも言葉はちょっとくさかったかな。「そろそろ黄瀬になんない?」って、どこのドラマからパクってきたのって台詞で、思わず吹き出しちゃって。そしたら顔真っ赤にして「ちょっと!人が一世一代のプロポーズしてんのに!」って慌てちゃうから。本当に、いつまでも可愛い旦那様だ。
 もちろん、返事はYESだった。というか、それ以外の返事は生憎持ち合わせていなかったのだが。私が首を縦に振った時の彼の、涼太の顔は一生忘れないだろう。人間はあんなにも幸せそうに笑えるのだと、あの瞬間に初めて知ったのだから。

「ねぇー、なまえ。このドレスとかどう?」
「えー、黄色ー?ちょっとなあ…」
「ちょっとなあ?!"黄"瀬なんだから、黄色すげーいいじゃん!」
「単純すぎない?」

 式場より先に貸衣装屋に来たのは、彼のツテで『式場に真っ直ぐ行くより、貸衣装屋に行ってから式場に向かった方が費用が安くなる』という情報を得たからだ。別段、互いの稼ぎが悪いわけではない。ただ彼の提案で、ハネムーンはヨーロッパに向かう事になったので…ほんの少しだけ式の費用を節約する事になっただけだ。
 とはいえ、全ての貸衣装屋が安くなるとは限らない。中には仲介マージンを取られてしまったり、レンタルをキャンセルした際に前金の倍以上のキャンセル料を取るような所もある。まあ、そこは黄瀬涼太様々というか。モデル業界のツテから、いいお店を紹介してもらったわけで。

「あ、私これがいい」
「ん?…えぇ、あ、青ぉ…」
「何かご不満?」
「だって、青峰っちの青…」

 私と涼太の出会いは高校時代まで…、いや、正しくは中学時代まで遡る。
 彼がキセキの世代の一員として活躍するバスケ部のある帝光へ、中3の春に私は転校してきた。まさかこんな時期に転校するとは思わなかった故の、不安とか苛つきとかが体の内から出ていた所為なのか、クラスメイトとも距離が出来てしまっていた。そんな中、たまたま見掛けた彼ら、バスケ部の姿。特に涼太のキラキラと光る姿に目を奪われたのは言うまでもない。あの頃から密かに彼を想っていた…ことを彼は知らない。
 それから、たまたま同じ高校へ進学して、これも何かの縁だと思った私の行動はあっという間だった。配られた入部届けにはバスケ部と自分の名前を並べて、下のその他欄に「マネージャー志望」と加えれば完璧である。偶然を装いながら「同じ中学です」と伝えた私の声は面白いくらい震えてたのを今でも覚えている。そんな私に笑いかけた彼の顔も、ずっと私の記憶から消えることは無いだろう。今よりもぎこちない作り笑顔でも、初めて私に向けた微笑みなのだから。

「どうしてそこで青峰くんなのよ…」
「青は青峰っちっしょ」
「この色なら、どっちかっていうと黒子くんだよ…それに、海常と帝光のユニフォームのブルーに似てるでしょ?」
「…あぁ!確かに似てる!」
「それに、ほら…ここのお花が涼太の黄色。…黄瀬になるからね」

 小さく微笑めば、彼も満足そうに笑う。ほら、見て。今は努力が実って、こんな素敵な笑顔を向けてくれるのだ。
 幸せにすると私に約束してくれた彼。それは既に果たされているというのに、次は神に誓うという。それも年内に。プロポーズに頷いたときに幸せすぎて死んでしまいそうだと彼は言ったが、それは間違いなく私の台詞だ。今も自分のタキシードを見繕いながら花を咲かす彼の隣に居れる幸せで、私は溺れて死んでしまいそうなのに。

「じゃあ、俺はこーれ」
「わ、素敵」
「でしょ?…っし、着替えてくる」

 店員に案内されながらカーテンの中に消える黄色。それを見送った後に、近くにいたプランナーに「お色直しはこれで」と伝える。一目見た時から気になっていた、淡いベビーブルーと、それによく映えるイエローの花。海常の中で、また帝光の中で、一際輝いた彼を模した様なドレス。皆に祝福される中、そんな素敵なドレスを着れる日が訪れるだなんて、本当に夢のようだ。興奮しそうになる胸を沈めるように、ゆっくりと息を吐いて、今度は純白のドレスを見定める。これに身を包むときは、今以上の幸せを感じているのかと思うと、自然と頬が緩む。
 あるドレスに目星をつけた頃、後ろでシャッとカーテンが開かれたような音がする。涼太だという確証があるため振り返らないでいれば、少しだけ興奮したような足音が近づいてきた。

「なまえー、ねっ、どう?」
「さっすがモデルさん、って感じ」
「なにそれ。もっとないの?」
「世界一格好良いよ、涼太」
「それはそれで、ウソくせー」
「もう、本当に格好良いってば」

 むっとしたような口調で返せば、彼は満足気に「知ってる」と笑って。ああ、本当に世界一格好良いよ。私は今まで生きてきた中で、こんなにも白のタキシードが似合う人に出会ったことがないよ。ちょっとだ頬を染めた彼が照れ隠しに、私にも着替えてくるように促す。その様子を見ていた店員さんたちにも笑われてしまって、それもそれで恥ずかしいというかなんというか。

「素敵な旦那様ですね」
「…お恥ずかしいです」

 試着室に入り、ドレスに手を通した辺りで店員さんに話しかけられる。もちろん先ほどまでのやり取りを見られているわけで、一気に羞恥心が襲ってきて体が熱くなった。

「騒がしくって本当に申し訳ないです」
「いえいえ、本当に素敵な旦那様ですよ。着替えられてる時もずーっと奥様のお話をされてたんですよ」
「え?わ、私?」
「はい、とても可愛らしくて自慢の奥様だと」
「うわっ…、恥ずかしい…」

 優しそうな笑みを浮かべる店員さんに悪気はない。もちろんペラペラと話した彼にも。だからこその恥ずかしさはどうにも拭えそうにないというか。赤くなった頬を隠すには気休め程度にしかならないというのに、ぱたぱたと両手で顔を仰いでその場をどうにかやり過ごした。

 無事、気に入ったドレスに着替え終え、試着室から少しだけ顔を覗かせる。視界に捉えた彼は私の登場を今か今かと待っているようにも見えた。鏡に映る私は何処か不安そうに眉を寄せていて、純白のドレスには不釣り合いにも思える。カーテンを引くことを躊躇っていれば、店員さんの「待ってらっしゃいますから」の合図で世界が開ける。

「なまえ、…っ!」
「あ、え、あ…ど、どうかな?」
「………」
「りょ、涼太?」

 目も口も開いたまま、瞬きも呼吸も忘れたように動かない涼太。全くリアクションのない彼に言いようのない不安に駆られるのは仕方のないこと。やっぱり似合わなかったかなとか、悩んだあっちのドレスにしとけばよかったかなとか、色んな思考を巡らす私の頭に更なる衝撃が訪れる。

「ちょ、ちょっと涼太!」
「え?」
「なんで泣いてんのよ」

 ぽろぽろと涙をこぼしながらほんとだなんて言う彼は、私がそう伝えるまで気づかなかったようだ。高校時代には何度も見てきた泣き顔も、ここ最近はご無沙汰だったため、思わず声を荒げてしまう。慌ててティッシュを持ってきてくれた店員さんにお礼を述べて、目頭を抑える涼太に再度問いかけた。

「もう、なんで泣いちゃったのよ」
「いや…、本当になまえと結婚すんだなーって思ったらさ…いろいろと思い出しちゃって」
「…結婚、嫌だったの?」
「違うっての、すげー嬉しいんだよ…やっとなまえを本当の意味で俺のもんに出来んだなあって思って」

 鼻水を啜ったような音を立てながら、彼がぽつりぽつりと告げていく。相変わらず恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく伝える人だ。またプロポーズされたような気分になってしまうじゃないか。ほら、泣きすぎよ。瞼がうっすらと赤くなってきたじゃない。

「まだ泣くのには気が早いよ、あなた」
「本番じゃ泣けないんだよ…、お前」

 胸元がくすぐったくなるような顔で笑う。ああ、幸せだ。こんなに溢れるほどに幸せだってのに、年内にはまたこのドレスを着て、今度はバージンロードを貴方と歩くんだから。そして神の前で誓いをたてるの。健やかなる時も病める時も、一生貴方を支え愛し続けるって。ああ、どうしよう。その時は私も幸せすぎて泣いちゃうかも。

そうして微笑む
あなたがすき

 お店を出て駅に向かって歩く中、エンゲージリングの光る私の左手を彼が攫う。同じエンゲージリングを光らせた左手で自分の髪の毛を一度だけ撫ぜると、繋がれた強く握り直し、言葉を紡ぎだした。

「俺さ、なまえにプロポーズしたとき『世界一幸せにする』って言ったじゃん。あれ、訂正していい?」
「えー、なんで?」
「なんでって…、あー、今から俺めっちゃクサいこと言うけど引かない?」
「涼太はいっつもクサいこと言ってるから今更だよ」
「なにそれ…、まあいいや」

 ずっと彼の背中ばかり追ってきた。とても大きくて、届きそうで届かない、そんな背中を。今はその背中の持ち主の横で、同じ方向を向いて、共に歩みだそうとしている。これが結婚ということ、これが一緒になるということ。先程よりも真剣な眼差しになった彼と同じ未来を見据えるということが、私にとってどれだけの幸せをもたらすのか。きっと彼はこれまでも、これからも知ることは無いのだろう。ううん、違う。単に私が知られたくないのだ。

「俺、どんだけ頑張ってもなまえの事は世界で二番目にしか幸せにすること出来ない」
「ふーん、そう」
「…もうちょっと『えー?なんで?私のこと好きじゃなかったの?!』とか、ねえの?」
「エーナンデーワタシノコトスキジャナカッタノー」
「……、それでいいけどさ」

 こんな私の態度が全て照れ隠しだって、本当は知っているんでしょう?だから、いつもそうやって余裕を残した笑顔を見せるんだ。そんなところも好きだなんて、私は相当な末期患者みたいです。だから知られたくないのだ。私が貴方の一挙手一投足で、こんなにも幸せに溢れてしまうことなんて。

「なまえのこと好きすぎて、どんだけ頑張っても、俺が世界で一番幸せ者になんだよ」
「……な、にそれ」
「なまえのこと幸せにすんじゃん?そしたら笑ってくれんじゃん。もうお前の笑顔見れたらさ、俺、今なら死んでもいいやーってぐらい幸せな気持ちになれんの。これが世界一の幸せ者が感じる気持ちじゃ?!…って、なまえ?」

 ほら、そうやってすぐに私を幸せにする。ぽかぽかと暖かくなる感覚を知ったのは、貴方の隣にたってから。日常の小さな幸せに感謝できるようになったのは、貴方が手をつないでくれたから。些細な事に寂しさを覚えてしまったのは、貴方の愛を知ってしまったから。

「どーしたの、なまえちゃん。突然抱きついちゃって…。ここ、公道だよ?」
「……」
「…泣いちゃってる?」
「好き」
「え?」
「馬鹿、幸せ、好き」
「俺も、泣き虫で幸せ者で天邪鬼ななまえが好き」

 泣き虫なのはお互い様だ。心内で漏らした言葉は貴方に聞こえないでしょう。そうやって優しく頭を撫ぜるから、私はどんどん貴方から離れられなくなる。もう貴方の隣で愛の味を知ってしまったから、離れる気は毛頭ないけど。そうやって貴方が私に微笑んでくれる間は、絶対にこの手を離すことなんて出来やしないけど。

KissedCrying」提出/120916(莉乃)
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