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「え、事故……?」

いつも優しく、時には厳しく、そして有り余るほどのたくさんの愛情を持って育ててくれた両親は、わたしが15歳の頃、交通事故で亡くなった。「お父さん、お母さん……」変わり果てた両親の姿を目の前にしたときも、お葬式の場でお悔やみの言葉をかけられたときも、わたしの瞳から涙が流れることはなかった。それほどに両親の死というものは、あまりにも信じがたい出来事だったのだ。



「ねえ、お姉ちゃん」

つい一週間前に8歳の誕生日を迎えたばかりの涼太は、両親がいなくなったショックからなのか、以前にも増してわたしに甘えるようになった。ご飯を食べるのも、お風呂に入るのも、眠りにつくときも、必ずわたしと一緒でないと泣き出してしまうのだ。「どうしたの?涼太」そう言って同じ布団の中で横になる涼太の頬をそっと撫でると、涼太はわたしの顔を真っ直ぐ見つめて口を開いた。



「――お姉ちゃんは、オレの前からいなくならないよね?」

「!」

「お父さんとお母さんみたいに、オレを置いて行ったりしない?」

目を逸らせないほどの視線の重さに、思わず息が詰まってしまう。――何を、どう、答えればいいのだろう。“死”という言葉の意味がわからないほど子供でもないけれど、その事実を受け入れるにはまだ幼すぎるこの子に、わたしは一体どんな言葉をかけてあげればいいのだろう。



「オレ、今よりもっと良い子になるから、だから……」

そう言って今にも泣きそうな涼太の顔を見ていられず、わたしは涼太の体をぎゅっと抱きしめた。「大丈夫だよ、涼太。わたしは絶対に涼太を置いて行ったりしない。ずっと、ずっと一緒にいるから」その言葉と共に、わたしの瞳から涙が流れ出す。――この子だけは、何があっても守ってみせる。その決意を胸に秘めたとき、ようやくわたしは両親の死を受け入れることが出来たのだった。


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「――涼太、入ってもいい?」

そう言って部屋の扉を何度か叩くと、中から「どうぞー」という相変わらずの軽い声が返ってきたので、少し重い扉をゆっくりと開く。するとそこには眩しいほどの白い光に包まれている涼太の姿があった。「姉ちゃん、来てくれたんだ」という言葉に「当たり前でしょ。可愛い弟たちのせっかくの晴れ舞台に仕事なんかやってられないわよ」と返せば、涼太はけらけらと笑った。



「あ、そうだ、青峰っちはもう来てた?」

「うん、大輝くんならさっき見かけたけど」

「そっか、よかった。こんなときまで遅刻とかされたらどうしようかと思ってたんだ」

涼太のその言葉に「確かに大輝くんならあり得るかもね」とくすくす笑う。――でも、きっと彼らは必ずここに来てくれるだろう。だって涼太の友達は、とても優しい人たちばかりなのだから。



「あー、やっぱり緊張するなあ……」

「大丈夫よ、涼太は本番に強い子だから」

わたしがそう言うと、涼太は「もう、そうやって姉ちゃんはいつもオレのこと買い被りすぎなんだって」と困ったように笑う。「……」その笑顔も昔とまったく変わらないはずなのに、やはりわたしの心の中のどこかでは例えようのない感情がくすぶっていた。



「――ねえ、涼太」

「ん?」

「涼太は今、幸せ?」

そんな突拍子もないはずの問いかけに、涼太は一瞬の迷いもなく「うん、幸せだよ」と即答する。「……そっか、ならよかった」そう言ってわたしが安堵するのと同時に、何故か涼太はわたしの手をそっと握った。「?」どうしたのと声をかける前に、涼太の唇がゆっくりと弧を描いていく。



「――だからさ、早く姉ちゃんも幸せになって」

「え……?」

「オレがこんな風に幸せだと思えるのは、姉ちゃんのおかげだってことはちゃんとわかってる。でも、オレはもう大丈夫だから」

その言葉を理解するにはあまりにも突然すぎて、わたしの口からは乾いた声しか出てこない。すると涼太は小さく深呼吸をしてから握っている手をさらにぐっと力を込めて、ゆっくりと口を開いた。



「……今までずっと、傍にいてくれてありがとう」

「!」

「いつもは照れくさくてこんなこと言えないけど、今日くらいはちゃんと伝えたかったんだ」

「っ、涼太……」

――今までずっと、涼太を守ることだけがわたしの生きがいだった。けれど、わたしの目の前にいる涼太は、もうあの頃のように泣いたりしない。どんな困難も一人で切り抜けられるし、愛する人がいる喜びも、大切な人を失う悲しみも知っている。だからもう、わたしが守る必要はないのだ。そのことに気付いた瞬間、わたしの胸に秘めていた決意がゆっくりと溶けていくような気がした。



「――結婚おめでとう、涼太」

ずっと言えなかったその一言を、わたしは無意識のうちに呟いていた。――淋しくないと言えば、嘘になる。けれどこんなにも幸せそうな涼太を見られるのなら、それだけでわたしは何よりも幸せなのだ。「うん、ありがとう」と満面の笑みで答える涼太が動くたびに、白いタキシードがきらきらと輝く。その光景の美しさに、わたしは思わず目を細めて笑った。


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13.02.10
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