そんなやり取りから十数日が過ぎて、ついに来るべき日が来てしまった。1週間前に黄瀬に見せられた当の女性の写真に、今更やめるとは言い出せずに、笠松はただ赤面した。森山が悔しがって笠松の背中をバンバン叩いたが、気にならなかった。
(…水無月カンナ…か)
「黄瀬…これは一体どういう状態だ?」
「なーに言ってんスか小堀センパイ。尾行に決まってるじゃないスか尾行。」
「これは…いいのか?」
「いいんだよ小堀。これは任務だ。女の子が苦手な笠松が、"この間"のような失敗をしないとも限らない。それをフォローするのがオレたちの仕事。そう、これは重大な任務なんだ!」
「流石も(り)やまセンパイ!」
お洒落めなカフェに笠松は座っていた。その少し離れたところから、その笠松を見つめる者が4人。黄瀬は楽しそうに様子を眺め、心配する小堀を森山が丸め込んでいる横で、早川は爛々とした目でそれらのやり取りを見ていた。もうすぐ約束の時間である。
「笠松センパイ大丈夫っスかねー。あ…来た!」
がたりと笠松が席を立つ。現れたのは、キレイめの服を来たかなりの美人だった。ショートパンツから覗く細くて長い脚が眩しい。
「「「おぉぉおぉー!」」」
「バッカセンパイ逹静かにするっス!」
外野から思わず声があがる。だが、そんな人物を目の前にして、笠松が無事で済むはずがなかった。
「笠松さん?」
「ア、アアオレガ笠松ダ」
黄瀬が声を押さえつつ「大丈夫かあの人?!」と叫んだ。
「水無月カンナです。会えて嬉しいです。」
スッと、当たり前のように差し出された手を握ろうとする笠松の手は震えている。
「随分、試合の時のイメージと違いますね」
「ア、アア」
「緊張してるんですか?」
「イヤ…ベツニ…」
「そんな状態でWCで勝ち上がれると思ってるんですか?」
「アア…って、え?!」
その時、離れた席では黄瀬が頭を抱えていた。彼女についての説明で忘れていたことがあったのだ。それも、かなり大事なことを。
「ヤバいっスセンパイ達…。」
「?どうした、黄瀬?」
「笠松センパイに…言い忘れてたっス…。彼女…ものすごいツンデレっていうか…。ツンの割合が高過ぎるっていうか…。まとめると…かなり性格キツいんス…。」
「そんな大事なことを、なんで言い忘(れ)(ら)(れ)(る)んだ黄瀬ぇーっ!」
「ぐぇー!苦しいっスー!」
いつもツッコミに回っている笠松が不在、というか今まさに大変な目に遭おうとしているので、代わりに早川が黄瀬の首を締め上げる。
「こ、これは止めた方がいいんじゃ」
「待て小堀!面白そうだ!」
慌て始めた小堀の横で、森山が楽しそうに目を輝かせる。その間にも、笠松と水無月の会話は進んでいた。
「去年のインターハイのパスミスも、その緊張から、とか言わないでくださいね?だとしたらがっかり。今年のインターハイは成長したと思ったのに、WCはどうなるのかしら?」
「…」
捲し立てるように言う水無月に、黄瀬は、終わったー…、と肩を落とした。笠松のパンドラの箱を今まさに開けかけている彼女をどうすればいいのかわからずに、もはや黄瀬が考えていることは、どうやって笠松に謝るかと、どうやって笠松を慰めるか、ということだった。
「メンバーもメンバーだわ。どんな素敵な人かと思ったけど、来てみれば人の会話をこそこそと盗み聞きしているような人達。黄瀬くん!気付いてるわよ!」
「は、はいっス!すんません水無月っち!」
「まったく、だから桐皇なんかに負けるのよ。体育館の点検?そんなことで休みにするくらいならロードワークでもしたらどう?あなたあの試合後立てなくなってたじゃないの。」
「待てよ」
今まで黙って話を聞いていた笠松が声をあげる。刹那、水無月の顔に焦りの色が浮かぶ。
「な、なに?笠松さん」
「あんた…それはおかしいだろ」
静かに静かに言う笠松に水無月の目が泳ぐ。
「オレが…オレが月バスで特集されたのは今年だぞ…?あんたが月バスでオレを見てくれた、ってのが理由なら、今の言い草はおかしいだろ。まるでもっと前から見てたたみたいじゃねぇか?」
瞬間、外野で見ていた3人も、あぁそうだな!と同意する。黄瀬だけは、いや、そうだけど!ツッコミどころおかしくないっスか?!とツッコんでいたが。
「あ、そ、れは…ち、ちがくて…!」
水無月の顔がみるみる朱に染まる。
「ち、ちが…っ。そんな…い、1年以上前からファンだったとか、そういうのじゃありませんから!わ、わ、私帰ります!」
バシッと、伝票を掴んでレジへ向かう水無月を、止める者は誰もいなかった。
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