「…ね、征十郎。」
「…」
「触ってみない?」
「触らなければならない理由がない。」
「いや、理由とかわざわざ付けなくていいわよ?ほら。」
「っ、ち、近づけるな…」
現在、私の持っているもの。というか正しく言うと生き物。征十郎はそれから逃げるようにジリジリと後ずさる。となると、私の嗜虐心に少し火が着く。
「ね、ほら、面白いわよ?」
「それのどこが」
「あ、ねぇ、あんな小さい子供も触ってる。」
私は手の上に乗せられたナマコを、再度征十郎に近付けた。面白半分で。征十郎の顔がひきつる。ごめん征十郎。超楽しい。
「っわ、わかったからやめてくれ。なんでも言うこと聞くから早くその手を洗ってくれ…。」
征十郎からの思わぬ申し出に、私は嬉々としてナマコを手から下ろし、その手を洗って征十郎の腕に絡ませた。
「クレープ食べたいな♪」
「わかった。」
こうして、タッチプールを後にした、些か疲れたような征十郎と、るんるんと息を弾ませる私は、正反対の顔をしてフードコートへと足を向けた。 今日は本当に良い日かもしれない。征十郎の悔しげな顔とか、嬉しそうな顔とか、困った顔とか、普段見られない征十郎をたくさん見られる日。楽しい。本当に楽しい。
「あ。」
「? カンナどうし…」
征十郎が言葉の途中でそれを切った。腕を絡ませる私達の前方に、私の靴やら鞄やらを隠していた張本人様達が見えたからだ。ギャハハハという耳障りな笑い声が、十数メートル離れているここにも聞こえる。 征十郎は苦虫を噛み潰したような顔をすると、無表情でそいつらの横を通り過ぎようとした。あーあ、クレープはお預けかしら。
「ね、あれって水無月じゃない?」
「うそマジ?てか、隣のオトコ誰?」
「あれじゃない?ウワサのカレシ。バスケ部の…」
「あー!赤司征十郎?!え、付き合ってるってウワサマジだったんだー。」
横を通り過ぎようとした私達に、4人組の中の1人が気付いて、これ見よがしに声を上げた。甲高い声に征十郎を呼び捨てにされて、私はピクリと反応した。それに気付いた征十郎は私の腕を引っ張って、その場から離れさせようとするのだけど、私の足は縫い付けられたように動かなくなった。バカ共に背を向けたまま、ふつふつと身体の中からこみ上げる怒り。
「なんか先生達まで言いなりらしいよ赤司征十郎。」
「うっそ〜、怖ぁ〜い。」
「でもお似合いなんじゃないの?水無月だっていっつも偉そうだし話し方鼻につくしィー」
「言えてるー!あ、でも見て。身長、水無月のが高くない?」
「マジでー?!あー、ほんとだぁー!きゃははは、バスケ部のくせにウケるんですけどー!」
ぶち。
私の中で何かが切れた。あーあ、もう、折角の楽しいデートだったのに。征十郎のおかげで、靴を隠されたりすることもなくなったのに。征十郎に迷惑がかかっちゃったじゃないの。大体にしてあんた達が私に嫌がらせするのをやめた理由を忘れたの?征十郎が、あんた達が嫌がらせしてる証拠のビデオを学校に提出したからよ。忘れたの?いや、違うわね。征十郎はあの時、自分がやったって言わなかったんだわ。ああ、だからあんた達は征十郎の怖さを知らないのね。征十郎はね、怖いのよ。どこだったか忘れちゃったけど、前の中学校で言うこと聞かなかった人はいなかったんだから(噂で聞いた)。征十郎はね…征十郎はね……
「……私の1番大切な人を、侮辱しないでくれるかしら…?」
くるり。振り返ってバカ共を思い切り睨み付けてやれば、バカ共は意外なものを見る目で私を見た。当然よね。私は今まで面倒だから、あなた達のやること全部スルーして来たんだもの。
「…はぁ?聞こえないんですけど水無月さぁーん?」
私の反撃体制にひるんでいたバカ共のうちの1人が、虚勢を張るように悪態つくと、他のバカも続くように言葉を吐いた。キーキーという甲高い音と甘ったるい香水の匂いが、私の神経を逆撫でする。征十郎がため息を吐いて私の手を離す。にっこりと笑顔を浮かべる私。
「…五月蝿い、っつってんのよ。人が黙っていればいい気にならないでくれるかしら?」
「は、はぁ?あんた誰に向かって口きいて」
「私の目の前にいるバカに向かって言ってんのよ。それともあれかしら。バカにはバカの言葉で言わなきゃ伝わらないのかしら?やだ困ったわ。私バカ語なんて話せなぁい。」
「て、てめぇ調子乗ってんじゃねぇよ!」
「あら、汚い言葉。可哀想に。ちゃんとした日本語を教わらなかったのね。でも、可哀想だけど…許してなんか、あげないわよ。」
今まで気持ち悪いくらい笑顔だった私がぎろりと自分達を睨み付けたことで、バカ共がうっ、と言葉に詰まる。私は恐らく、人でも射殺しそうな目をしたまま、バカ共に詰め寄った。
「私の大事な征十郎を馬鹿にした罪は重いわよ?ねぇ、わかる?重い、って具体的にどうなるか。ねぇ、知りたい?」
私の怒りに気圧されたバカ共の懐に潜り込んだ私は、1番手前にいたバカの耳に唇を寄せると、そっ、と耳元で囁いた。
「明日から、無事に学校に来れるといいわねぇ…?征十郎のこと、舐めない方が身のためよ?まぁ…、もう遅い、けどね?」
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