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昔のはなしと今のこと。


“イルドーナさま”と、小さな人影が大きな背中に抱き付いた。


小さな影は、昔の自分だろう。
大きな背中は間違えることなく“イルドーナさま”。


おれ、大きくなったらイルドーナさまみたいになる。


続けて聞こえてきたその声も、間違いなく自分のもの。幼い自分の声に反応した“イルドーナさま”は、大きな手を俺の頭の上に乗せて、小さく笑った。


『楽しみにしている』




その声と同時に、バイヴ・カーは勢いよく飛び起きた。と言っても目が覚めたその場所は、本来寝るための場所ではない。

シャドウパラディンの拠点の中心部、大きな建物の一角にある書庫。主に魔道士や魔女と言った職業が使う部屋だ。未だぼやけた視界に見える本の山は、睡魔に負ける前に読んでいたものだろう。
すぐ近くの窓から射し込む陽光は、仄かな橙色に染まっている。

「もう…、こんな時間か…」

一人呟いて、目を擦る。この頃実験に力を注いでるせいか、ずいぶんと寝不足だ。散らかしっぱなしの本を腕いっぱいに抱えて本棚を目指す。

「少し寝すぎたかな…」

やっぱり一人で呟いて、バイヴは一冊一冊を本棚に戻していく。

「何で今になってあんな夢…」

先ほど見てしまった夢の事を思い出しながらぶつぶつ呟いて、最後の一冊を本棚に戻したときだった。

「ここにいたのかバイヴ」
「っわ!」

後ろからいきなり聞こえた低音の声に、バイヴは過剰とも言える声をあげた。今の今まで、まったく気配を感じなかった。それと振り向いたその場所にいたのが“イルドーナさま”だった事が相まって余計に驚いた表情をイルドーナに見せる事になった。

「い、イルドーナ、さま…」
「何だ、どうかしたのか?声をかけただけでそんな表情をされるのは些か心外だな」
「あ、と…すみません。少し…考え事をしていたもので…」

見た夢が夢だったんだ。
バイヴは胸中でも悶々としながら下を向く。それはもちろん顔を見て欲しくない、と言うのも大いにあって、始原の魔道士たるイルドーナにはそれを汲んで欲しかった(当たり前ながら、まったくと言って良いほど始原は関係ない)のに。


「考え事…?」

そう反芻して、顔を近付けたイルドーナの鋭い瞳がバイヴの逃げるような目を捕らえた。

「え…あ、その…」
「私に言えないようないけない事を考えていたわけか…」

呆れたようにため息を吐いたイルドーナに、バイヴは顔を勢い良くあげた。

「やっ、ち、違いますよ!ただ、昔の夢を見て…それで…」
「昔の夢…」
「そうですよ!それで、少し…、考える事が…無きにしも非ず、で…」

頬を赤く染め上げながら言葉を紡ぐバイヴに、イルドーナはほう、とだけ呟く。
しばらくはお互いに黙りこんだ。バイヴは早くここから逃げたい気持ちに駈られるが、最早そんな状況では無い事ぐらい知っている。今バイヴにできるのは身体を強ばらせる事だけだ。

「どんな……いつの夢だった?」
「え?」
「昔の夢だったんだろう?いつの夢だったんだ?」
「あ、その…えと…」

ずい、ともう一度顔を近付けられればバイヴは顔をそらすこともできなくなるわけで…。

「むっ、昔、俺がイルドーナさんに言った事ですよ!」
「お前が…私に?」
「本当に昔、俺が…イルドーナさんみたいになりたい、って…言ったの…覚えてませんか?」

おずおずとバイヴが見上げると、ばちりとイルドーナの目と合う。バイヴ咄嗟に視線を逸らそうと下を向きかけるが、イルドーナがそれを許さない。顎を掴んで上を向かせると、口を開いた。

「覚えていないわけないだろう」
「え?あの…」
「ちゃんと覚えている」

不意に耳元でそう粒やかれれば、バイヴは顔を真っ赤にして黙りこんだ。口をぱくぱくとさせているが、その口が何かを紡ぐ事はない。
そんな様子のバイヴを、イルドーナは満足したように見てさらに告げた。

「私は今でも、楽しみにしてるぞ」
「………はい」



が訪れる前の、
ふたりの魔道士の話。





相互記念で華音ちゃんに捧げます!

初めてのイルバイでしたが思ったよりもかなり甘めになってしまいました申し訳ない!
たぶんこの場所にはカロンもいたんじゃないかな!

いろいろとぐだぐだだけど良かったら受け取ってくださいな!
これからもよろしく!ね!




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テーマ「人外ファンタジー」
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