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「気に食わない。まったくもって気に食わない」

突然部屋に押しかけた挙げ句、紅茶を出させた赤獅子団の団長にガルモールはため息を吐いた。彼女に常識と言うものはさして存在せず、特に自分には他の人より勝手が増す事は知っていた。だが、ここまで傍若無人(とは言い過ぎかもしれないが)だといささか疲れてくる。

「それで…バグデマグスが最近構ってくれないと、いちいち俺のところに惚気に来たわけだ」
「惚気にじゃない!私は悩みを相談しに来たんだ!」
「分かった、分かったからそのティーカップあまり雑に扱うな」

エイゼルがカシャンと音を立てて僅かに紅茶を溢した事にため息を吐きながらガルモールはエイゼルを落ち着かせる。
すまない、とだけ小さく呟くエイゼルにガルモールも頷く。

ガルモールからすれば"あの"エイゼルが好きな人に構われなくて"寂しい"と、そう自覚するだけまだ良いかと感じる。女の子らしい悩みを抱えて相談に来るくらいなのだから、ここは真面目に答えてあげるのが一番だろう。
そこまで考えて、ガルモールはカップを置いて口を開いた。

「おねだり…すれば?」
「おねだり?」

突拍子もないガルモールの提案に、エイゼルは数度目を瞬かせる。

「何をだ?」

まったく理解できていないらしいエイゼルが首を傾げると、ガルモールは呆れたように肩を竦める。

「鈍感なのは結構だけど、そんなんじゃ気付いてもらえないよ?」
「だ、だから何をおねだりすれば良いか聞いてるんだ!」
「構って欲しい、って…普通におねだりすれば良いじゃないか」

何でもない事のようにガルモールがさらりと言ってのける。すると、エイゼルはさっと顔色を変えて立ち上がった。

「お前、私に素直にねだれと言うのか!?お前なら私の性分ならよく分かっているはずだ!」
「分かってる。けど敢えて言うんだ」

そう言ってガルモールは立ち上がり、瓶に挿してあった花を一輪とりエイゼルに近寄った。
何事かときょとんとするエイゼルのすぐ横に来ると、ガルモールは手にした花を彼女の髪に挿した。
お世辞にも手入れされているとは言い難い髪に花はつっかかるように留まる。

「エイゼルは可愛いんだから大丈夫。もっと自信持ちなよ」
「ガルモール…けど私は…」
「恥ずかしい、なんて言葉、その鎧を恥じるようになってから言うんだね」

言いかけたエイゼルの言葉を遮りガルモールがぴしゃりと言えば、(露出がありすぎて一部の兵士から苦情が来る)赤獅子の鎧を見る事もなくエイゼルは頬を膨らませるように口を噤んだ。
その様子に満足したのか、ガルモールはそのままくるりと背を向け執務机に向かった。

「エイゼル、君は赤獅子団長だろう?そんなんじゃ団長の座も危ういぞ?」
「なっ!たったこれだけの事で危ぶまれるなんてそんな馬鹿あるか!」
「なら早く行ってくる?」
「だから筋が通ってないと…」
「こっちは先日赤獅子団が起こした騒ぎの後処理があるの。迷惑かけたと思うならさっさと行く!」

は珍しくガルモールの怒声(に近いもの)を聞く事になったエイゼルは一旦黙りこむ。
仕事をはじめてしまったガルモールは何を言うでもなく、部屋は沈黙に包まれる。暫く何かを考えるようにしていたエイゼルだったが、やがて立ち上がるとガルモールの近くまで行き口を開けた。

「バグにおねだりしてくる」
「やっと行く気になった?」
「お前のお陰で良いおねだりの仕方が分かったんだ」
「え?」
「だから行ってくる!」

聞き返すガルモールの言葉も虚しく、エイゼルはその勢いのまま部屋を飛び出す。最後の最後で気がかりな事を言われたガルモールは目を瞬かせ、その後ろ姿を見送った。







それからエイゼルはぶつぶつと呪詛(のようなもの)を唱えながら、バグデマグスの部屋へ向かった。部屋主は不在だったが、そんな事などさらさら気にする事なく、エイゼルは布団に鎮座する。
程なくして部屋の主は帰ってきた。

「団長?何でここに…」

扉を開けてすぐエイゼルの存在に気付いたバグデマグスは、ドアノブから手を離さないまま目を白黒させた。

「戻ったかバグデマグス」

おねだりおねだりと同じ言葉を幾度も呟いていたエイゼルは、その姿を見るなりベッドから飛び降りる。そして勢いのままにバグデマグスの腰にしっかりと抱きついた。

「バグデマグス、お前に頼みたい事がある」
「頼み事?」
「そうだ。…良いか?言うぞ。言うからな?」

妙に念を押すエイゼルに相変わらず訝しむ視線を送りながら、バグデマグスはああと頷く。それを確認して、エイゼルは深く息を吸い口を開いた。「バグデマグス、私とヤれ」

その瞬間、確実にバグデマグスが凍りついた。何故か満足げな恋人(にあたるはずの人)の顔を遠慮無く見つめていると、エイゼルは更に口を開いた。

「どうしたバグデマグス。今は夜で時間も良い。この間寝たいと言っただろう?」
「いや…まぁ確かに言った。…本当に良いのか?」
「良いと言っている。これは私からのおねだりだ。良いな?私はちゃんとおねだりしたからな」

自画自賛するようなエイゼルに、バグデマグスは更に目を瞬かせる。
別におねだり通り彼女を抱くのは構わない。最近は忙しいとそれらしい雰囲気は全く無かったから尚更だ。むしろ誘ってくれる事は素直に嬉しい。

「……さてはガルモールに何か吹き込まれたか?」

少しの沈黙の後にバグデマグスが扉を閉めてエイゼルに近づく。

「そうだ。よく分かったな」
「やっぱりか…」

相変わらずご満悦なエイゼルに小さく呟きながら、バグデマグスはその身体をベッドに連れた。

「ガルモールがそうやれって言ったのか?」
「……ああ、言ったな」
「ぜってー嘘だ」

逡巡の後に断言するエイゼルにを置かずぼやきながら、バグデマグスの手はエイゼルをベッドへと誘う。抵抗も何もしないエイゼルの表情は不機嫌そうだったが、ほんの僅かに身体を強張らせると後は受け入れるようにバグデマグスを見つめた。

「まぁ…団長が誘ってくれるんだったら喜んで乗るけどよ」

シーツに沈んだエイゼルの顔の横に手を置き、バグデマグスは顔を覗きこむ。
すぐ近くで囁かれた低音の声にどこか悦びを感じながら、エイゼルはふわりとした笑みを浮かべた。

「私は好きにして欲しいんだ。お前に」

その一言は、野獣の檻を壊すには十分過ぎるものだった。牙を見せた獣は、勢いのまま首筋に噛みついた。









今の時間も今後の予定もすべき事も、全部どうでも良いくらいに幸せだった。行為を終えた身体は疲れ果て、頭は深く考える事を許さない。
隣をちらりと見れば、バグデマグスが煙草を弄っているのが見えた。初めて見たなとぼんやり思いながら、エイゼルは無意識の内に口を開いた。

「吸うのか?…煙草」

突然の事に驚いたのか、バグデマグスはその煙草を取り落としてエイゼルを見た。

「起きたのか」
「知らなかった。煙草…吸うんだな」
「…吸ってたんだ。ごく稀に」
「今は吸わないのか?」

ポンポンと尋ねるエイゼルに、バグデマグスの動きが鈍くなる。手元に転がる煙草を眺めるその目は随分と優しい。

「バグ…?」
「あ…いや。身体に悪いだろう?お前にも迷惑になる。だから止めたんだ」
「……………なぁ」

ポイと煙草を投げるその姿を見ながら、エイゼルはゆっくりと口を開いた。
どうした、と顔を覗くバグデマグスを見つめ返しながらエイゼルは続ける。

「そんな細かい事よりも私に構うだけで良いんだぞ?」
「は?」
「私はバグがいれば幸せだ。だからバグといたい。バグが私のところにくれば私はお前といる。だから…もっと構え」

そう言って顔を赤くしたエイゼルに、バグデマグスは目を瞠る。
恥ずかしそうにして顔を上げない獲物に獣はにやりと笑った。

「エイゼル…もう一回やるか?」





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