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 闇を巻き上げる春風

敬語を使えばシャドウパラディンで最も胡散臭いと言い切ってしまっても過言ではない。そんな嬉しくもない評価を持つ魔導士から依頼され、シャドウパラディンの偉大なる魔導士、イルドーナは今、胡散臭い魔導士バイヴ・カーと共に書架室に籠もっていた。

依頼とは魔術を教えて欲しい、との事だったのだが、イルドーナから見ればバイヴにやる気は見られなかった。それも途中から、などではなく、初めから。
教えて欲しいのなら、いくらバイヴと言えど真面目に話を聞く。少なくとも以前はそうだった。

訝しむものの、突然バイヴを問い質すのも気がしれていれて様子を探っていれば、初めは態度でしか面倒だと言っていなかったバイヴがボロを出した。

「だいたい、何で俺がこんな作戦につき合わなきゃいけないんだ…。やりたかったら自分たちで全部…」
「バイヴ・カー」

随分と長すぎるバイヴの独り言を遮り、イルドーナは読もうとしていた魔導書を閉じた。

「は…なんですか?」

自分が思った事を口に出していた事に気付いていないのか、バイヴが首を傾げる。
それに心底呆れたように、イルドーナは口を開いた。

「何を隠している」
「は?」
「アリアンロッドもネヴァンもお前も。何を隠していると聞いたんだ」

淡々と尋ねられると、バイヴは目を数回瞬かせてため息を吐いた。

「何だ。あの人たちも隠しきれてないじゃないか…」
「バイヴ?」
「残念ながら貴方が知りたい事は私にもよく分かりません」
「…と言うと?」
「私は聞かされてないんですよ。仲間外れってヤツです」

困ったようにバイヴが肩をすくめると、イルドーナはその瞳を覗きこんだ。
じっと顔を覗きこまれ、バイヴは多少たじろぎながら口を開く。

「本当ですよ?それにきっとそろそろ…」
「バイヴ、ご苦労様。もう良いわ」

バイヴが全てを言い終わらない内に、書架室の扉が綺麗な音をたてて開いた。姿を見せたのは片目を隠すほど色のかかった銀髪を持つ魔女、ネヴァンだ。
コツコツと靴の音を響かせるネヴァンにイルドーナの視線は移る。

「イルドーナ様、すみませんでした」
「ネヴァン…」
「少し…来ていただけますか?」
「何を仕組んだ」
「ここまできたら何も聞かずに最後までお付き合いしてくださっても良いのでは?」

問いには一切答える気はないのか、ネヴァンは妖しく笑む。それに、バイヴは内心囃すような口笛を吹いた。

「またまた」
「黙りなさいバイヴ・カー」

自然と漏れたバイヴの一言にネヴァンがぴしゃりと言って睨む。
あー怖い怖い、とバイヴがわざとらしく肩をすくめるのを視界の隅で捉えながらイルドーナは腰をあげた。

「行こうネヴァン。今日は気分が良い」
「そんな日もあるんですね」
「バイヴは黙ってなさい。…イルドーナ様、こちらです」

理不尽だとぼやくバイヴは無視して、ネヴァンとイルドーナは書架室を後にした。







何も考えずに歩みを進めていたイルドーナに、どうぞと言ってネヴァンが一歩下がった。彼女が連れてきた場所は何でもない。シャドウパラディンの広間だ。
秘密主義者の多いシャドウパラディンには珍しい、多人数で集まる事のできる場所。

「………」
「良いから入ってみたら良いじゃないですか」
「バイヴ・カー…」
「私たちシャドウパラディンはみんな貴方を尊敬しています。手酷い事をするはずがないでしょう。…と言うかできませんよ」

呆れたようなバイヴの言動に、イルドーナはそれもそうかとドアノブに手をかける。それとほとんど同時だった。
パーンという明るい音に、何故か沸き起こる拍手。広間の中心には、今は忙しいはずのブラスター・ダークいた。

「これは…」
「イルドーナ様の誕生日祝いです」

ブラスター・ダークの近くで大きなケーキを持っていたマーハが近付く。

「誕生日…?」
「はい。先日ダークサイド・トランペッターが聞きに行った時、覚えていないと仰ったでしょう?」
「…言ったな」
「困った挙げ句に奈落竜に聞きに言ったんですよ」

後ろからバイヴが歩み出る。その手には、先ほどまでは無かった黒い巻物。

「そしたらイルドーナさん、昔は春みたいな雰囲気の青年だったとお聞きしました」
「なっ、彼奴は一体何を…」
「それから、出会ったのも今日みたいな暖かい春の日だったと…」
「……そうか」
「そうです。だから…」

バイヴが巻物を広げ、端を飛びながらトランペッターが持つ。そこには黒い達筆な文字が大きく踊っていた。

「イルドーナ様、いつも言葉をありがとうございます。私たちはこれからもきっと貴方の言葉を頼りにするでしょう」









空は青く晴れ、気持ちが良いくらいに陽気だった。

「イルドーナ」

地を這うように響く声にイルドーナは目を開ける。すぐ近くに感じる大きな気配に、イルドーナは振り向く事もせず口を開いた。

「どうかしたか」
「あいつらからのプレゼントは嬉しかったか?」
「…随分恥ずかしい事を言ったな」
「事実だろう?あの時のお前はまっすぐで…そうだな、可愛かった」

思いもよらないファントム・ブラスター・ドラゴンの言葉に、イルドーナは面食らったような表情を見せた。

「今もまっすぐさは変わらないが…可愛げは完全に無くなったな」
「…あっても困るだろう」
「ああ、それもそうか」

珍しくもどことなく楽しそうな声に、イルドーナも自然に顔が弛む。

「彼奴らはまだ私の言葉を大切だと言ってくれる。それならば私はこれからもここにいるしかなかろう」



穏やかな風がイルドーナの髪を巻き上げた。
遠くからまた、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。その声に応えるのは、また再び自分の言葉を教えだとしてくれる者がいるから。
幾星霜の時を越えて見つけた居場所はいつも、春の風が吹いていたのかも知れない。
長きを生きてきた魔導士は、その口を開けた。



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