Vanguard | ナノ

 ぎこちない温もり

ヴォーティマー×サグラモール





英雄が解放され、それまで多忙を極めていた銀狼団には少しの暇ができた。
団員が増え銀狼団長は相変わらず忙しそうではあるが、戦がなく平静な今、一般の団員は皆暇をしていた。腕だけは落とさぬようにと日々の訓練は義務付けられているが、それ以外はフリー。血気盛んな赤獅子団は、暴れ足りないと訓練場を壊してしまいそうな勢いだ。

そんな中、サグラモールは銀狼団の宿舎、団長であるガルモールの部屋の前に立っていた。
今日もあの団長が忙しい事は知っていた。けれど、どうしようもなく話がしたかった。

昼過ぎになり、ぶつぶつと呟く声と共にガルモールが廊下の角から姿を見せ、サグラモールは小さくあ、と声をもらす。その小さな声にも鋭く気付いたガルモールはパッと顔をあげて、サグラモールのもとへ走った。

「サグラモール、いつからここに?今日は俺、午前は忙しいって…」
「知ってた。知ってたけど…何となくここにいたくて…」

語尾をすぼめながら俯いたサグラモールに、ガルモールは何かを察して頭に手を置いた。

「まぁいいや。何かあるのなら中で話を聞くよ」
「忙しくないのか?」
「大丈夫。今なら少し暇があるから」

そう言ってガルモールは自室のドアを開けた。入る事は別に初めてではないが、何となく緊張してサグラモールは押し黙る。
無言のままソファーに座ったサグラモールを訝しげに見ながら、ガルモールは紅茶の準備をする。
かつてロイヤルパラディンにいたころ、双煌や爆炎の剣士に淹れてもらった紅茶の味を思い出す。もしかしたらそろそろ、またあの美味しい紅茶を飲めるのかと思うと、疲れもなくなると言うものだ。

「はい。ミルクは切らしてるからそのまま飲んで」
「あ、ああ。ありがとう」

差し出されたカップを手にして、サグラモールはそのまま口に運んだ。性格や見た目に合わず、ガルモールは紅茶を淹れるのが上手だった。ガルモールはそれに関して何か思い入れがあるようだが、サグラモールに知る術はない。ただ、部屋に訪れる度にガルモールは楽しそうに紅茶を淹れてくれて、それは随分と美味しい。何とも落ち着く味がするのだ。

「それで…サグラモールは何か悩み事?」

執務机に向かってからガルモールが優しく尋ねると、サグラモールは本来の目的を思い出したように表情を暗くした。
半分にまで減った紅茶だけいれて、カップがかちゃりと机に置かれる。数回開閉を繰り返した口が一度きゅっと噛まれてから、躊躇いがちに開かれた。

「…これからシャドウパラディンが以前と同じようにじゃなくても復帰するなら…黒馬団の皆も戻るのか?」

自分を映す薄いブルーの瞳が不安に揺れているのに気付き、ガルモールはすぐに思い当たる。
彼が周囲とは馴れ合いを好まない黒馬団を気にする理由。それは…。

「ヴォーティマーの事?」

主にシャドウパラディンからの加入者で構成された黒馬団の団長。サグラモールはそのヴォーティマーと恋仲にあった。
そもそも人との交流を好みたがらないヴォーティマーとの距離を、サグラモールは最近やっとと縮ませる事ができたのだ。それなのに、嬉しくも不穏な出来事を境に二人は二人の時間を確保できずにいた。
素直にこくりと頷いたサグラモールに、ガルモールは続けた。

「ヴォーティマーは何か言ってた?」
「特に何も。…最近話してないし」
「そう…」

そう相づちを打つと、ガルモールは紅茶を口に運ぶ。全体的に落ち着いた行動は、まじまじと年齢差を見せられているようでサグラモールは下を向いた。
紅茶から出る白い湯気が中で消え、それすら何となく寂しい。

「サグラ」

ふと名前を呼ばれて、サグラモールは思わず顔を上げた。
ガルモールの優しい目がこちらを見ていて、視線が絡む。

「黒馬の皆がどうするかはさ、彼らの自由にしたいと思ってるんだ。今まで一緒に戦ってきて、残って欲しいって思いも強いんだけど…やっぱり彼らには彼らなりの帰る場所があるだろうし」
「そう…か」
「…でも落ち込む事はないと思うよ」
「…何でだ?」

にこりと微笑んだガルモールに、怪訝そうな表情を浮かべた時だった。

「銀狼」

外から静かな声が聞こえて、ガルモールはカップを机上に置いた。
視界の端で肩を跳ねさせたサグラモールがどことなく微笑ましい。

「開いてる。入って来て良いよ」

短くそう返すと、扉を静かに開けてヴォーティマーが姿を見せた。
すっかり固まったサグラモールを一瞥すると、ヴォーティマーは手に持っていた資料をガルモールの机上にばさりと投げる。

「頼まれていた資料だ。幾つか条件つきの回答もあったから最初の一枚に纏めておいた」
「ありがとう」
「こちらの意見は揃っている。ただ反映されるかは分からない。あちらの判断に委ねられるだろう」
「そっか。…分かった。こっちも君たちの意思に沿えるように努力するよ」
「頼む」

サグラモールには意味の分からない会話を交わして、ヴォーティマーは視線をサグラモールに移す。その後もう一度ガルモールを見ると、ガルモールは理解したように困ったような笑みを浮かべた。

「無理はさせないでね?」

念のためと言った風にガルモールが言えば、ヴォーティマーが無言で頷く。そして、もう一度紅茶に手を伸ばしていたサグラモールの腕を掴んだ。

「行くぞ」
「は?っ、わ…ちょっと!」

短く宣言したヴォーティマーにひっぱられながら、サグラモールが慌てた声をあげる。
困惑したように頼みの綱である団長を見れば、当の本人はもうそっちの気でひらひらと手を振っていた。



敢えなく手を引かれて黒馬団の宿舎まで連れてこられたサグラモールは、無言を守ったままヴォーティマーを見ていた。
やがて、長い形容し難い色の緑髪がさらりと揺れてヴォーティマーがこちらを見る。

「何を突っ立っている。いつものように座れば良いだろう」
「………」

そう言われて、サグラモールは指示されたように素直にソファーに座った。きっと、この部屋に入れる人なんて珍しい。そう思うと、美味しい紅茶も何も出ない部屋でもサグラモールの頬は自然と緩む。

「…久しぶりに話がしたかった」

ふと、ヴォーティマーがそう口を開いた。ぽかんとした表情を浮かべたサグラモールに、ゆっくりとヴォーティマーは近付く。

「いろいろ事が起こっているから仕方ないさ」
「そう言い訳をすればお前を悲しませる」
「…と言うと?」
「正当な理由だからと言ってお前は我慢するだろう?それが嫌だ」
「俺は我慢なんて別に…」

そう言いかけたサグラモールの口を、ヴォーティマーは無理やり塞いだ。
あからさまに肩を跳ねさせて目を瞑ったサグラモールに愛しさを感じながら、ヴォーティマーは口内を堪能した。

「っ…はぁ…、…お前はいつも唐突過ぎるんだよ馬鹿…」
「銀狼から許可はもらった。お前が拒む事はしないだろうからな。馬鹿で構わないから好きにさせろ」

耳もとで囁かれ、サグラモールはヴォーティマーの言葉通り拒否する言葉を失った。
ただ顔を赤くするだけのサグラモールに、ヴォーティマーは妖しげな笑みを浮かべてその身体を姫抱きにする。
サグラモールは数回開閉を繰り返していた口を躊躇いがちに開き、ヴォーティマーの耳に寄せた。

「分かってたなら俺に構え。俺だって寂しいんだ」

ぽつりと呟くように囁かれた言葉に、ヴォーティマーは珍しく驚いたような表情を浮かべた。
顔を赤くしてぶつぶつと文句をぼやく恋人が、どうしようもなく愛しい。
残念な事に団長に似てしまったサグラモールは、どこか我慢をするきらいがある。ガルモールの無理をさせるなと言う言葉は身体の負担の事かと思ったが、それだけでは無かったようだ。

「悪かった。今度からはもう少し暇を作る。だから泣くな」
「なっ、泣いてない!」

声を荒げ、全力で否定するその行動が肯定だとこの可愛い恋人は気付かないのだろうかと笑みがこぼれそうになる。

「それから安心しろサグラモール。俺はどこにも行かない。帰れと言われてもお前無しには帰らないさ」
「……話…聞いてたのか?」
「聞こえただけだ」
「…趣味悪いぞ…」
「偶然だ」
「…銀狼団から抜ける気はないから」
「その時はその時だ」

そう短く交わすと、二人は目を見てから笑い合った。不安になんかならなくて良い。余計な事は考えずに、全部委ねてしまえば良いのだ。
臭い事をキャラではないけれど、そう言う事にしておこうと二人は久しぶりの抱擁を交わした。






( fin. )



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