Vanguard | ナノ

 はじまりはじまり

空は青く澄み渡り、風は気持ち良い程度に吹いて木々を揺らす。
大事もなく平穏に終わるはずだった一日は、赤獅子団数人の悲鳴によって唐突な終わりを告げた。



「だ、団長…それ…」
「ん?」
「い…いったいどうしたんですか?」
「ん…ああ、なんかあったみたいだな」

いつもは冷静であまりポーカーフェイスを崩さないガレスとボーマンが、顔を青くしながら後ずさる。
対して渦中のエイゼルは、そんな二人を気にすることなくさらりと答えた。

「お二方、どうしたんですか?」

廊下の向こうからストラテジストが走って来るのが見えて、ボーマンが多少慌てた様子でその道を阻む。

「ボーマンさん?どうかしました?」

いきなり無言のまま立ち塞がるボーマンにきょとんとした顔を浮かべれば、すかさずガレスが口を開いた。

「軍師、悪いことは言わない。今すぐ自室に帰って本に埋まっていろ」
「え?どう言うことです?」
「いいからストラテジスト。ここは大人しくガレスの言うことを聞いておけ。…それかガルモール殿とペリノア殿を呼んで来て欲しい」

この突然の変事。あまり多くの人に知られたくない。
そう思う赤獅子団の二人の意図はこの直後、大きく打ち砕かれた。





赤獅子団ではガレスとボーマン。白兎団長ペリノア。普段は滅多に姿を見せない黒馬団からもヴォーティマーとカエダンが。そして銀狼団のサグラモールとガルモールが集合した赤獅子団宿舎の一角で、ガルモールは絶句していた。そう、まさに絶句。
ガルモールだけではない。赤獅子団の二人は前述の通り冷静さは取り戻したものの慌てているし、白兎団長でさえも言葉を無くしている。

「おい赤獅子、それはどうした」

集まった中では一番冷静さを保っているであろうヴォーティマーが、微かに視線を動かして尋ねた。

「心当たりは無きにしも非ず、と言ったところか」

相変わらず平然と答える声は、いつものよりも高いことがすぐ分かる。
目の前にいるはずなのに、いる気がしない。拭えない違和感に、ガルモールは瞬きもせずに目の前で堂々と立つ赤獅子団長(多分)を見た。

まずは髪。いつもは存在を主張し過ぎた巨大な毛玉ともケサラン・パサランともとれる金色の髪が無い。詳細を語れば無くはないが、綺麗なストレートになってしまったせいで無いに等しい。
そして顔。自信に満ちあふれた光を宿した瞳は変わらないものの、心なしか大きくなったように感じる。
さらに一番の問題は胸だ。いつもは逞しい引き締まった胸板があるはずの場所は見事な膨らみを見せていた。貧乳か巨乳かで聞かれたら、100人中限りなく100に近い99人が巨乳と答えるだろう。それくらい立派(?)な胸だ。
その他にもしっかりと肉のついていた腕は折れはしないかと心配になるくらい細くなっていたし、足だってそれと同じだろうから、以下略だ。

確かに突っ込まないといけないことはたくさんあって、ガルモールにはそれがどこなのかもちゃんと分かっている。
けれど、だ。本当にすべきは違うだろう。

「エイゼル!頼むから服を着るか何か羽織って!」

何故か赤面したガルモールが自分の羽織っていた服を肩からかけることで、その場の膠着状態が解決される。
まず口を開いたのは余裕の雰囲気を漂わせる渦中のエイゼルだ。

「ガルモール、なに顔を赤くしているんだ?」

近付いたガルモールの顔を下から覗きこんだ(普段は絶対にあり得ない光景だ)エイゼルは、面白い玩具でも見つけたかのようにやりと微笑んだ。

「何って…エイゼル自分の身体見てそれ言ってる!?いいからこれ羽織ってて!」
「はは、面白い反応だなガルモール。お前のこんな反応が見られるならソムリエの実験台になるのも悪くない」

何気なくさらりとこぼされたエイゼルの言葉に、大多数は怪訝そうな表情を浮かべた。が、ヴォーティマーとカエダンはそれとは違う意味で表情を変えた。

「やっぱり…」

ぽつりと呟かれたカエダンの一言に続けて、ヴォーティマーがエイゼルとガルモールに近付く。

「赤獅子、エリクサーがつまらないものを飲ませたみたいだな」
「ああ。本当にその通りだ」
「だが楽しんでいるなら問題は無いな。戻りたいならエリクサーに言え。たぶん戻れる」

平然とやり取りを交わす二人を見ながら、ガルモールは盛大にため息を吐いていた。


面倒なことになった。


大体を理解した誰もが、内心で呟いていた。



prev|next

back

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -