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エイゼルはメッセンジャーの言った通りの場所に、たったひとりで立っていた。少し前までは有り得なかった姿で。

「ちゃーじがるはここにいて。よろしく…お願い」

神妙な顔をしたままの賢い犬は、鳴きもしないでその場に留まる。もう一度だけその鼻を撫でてから、ガルモールはエイゼルに近付いた。

勝てる自信は無いし、そもそも勝つ気もない。ただ、エイゼルがもとのように戻ってくれるなら。それだけだ。例えここで自分の道が潰えたとしても、英雄解放に向けての意思は皆が持っているから問題ない。
エイゼルを殺してしまうかも知れないと言う覚悟をするんじゃない。自分の命が終止符をむかえるかも知れないことに覚悟をして、こちらを見たエイゼルの暗い瞳を睨んだ。

「なんだ銀狼。我と戦いに来たのか?」

不敵な笑みを見せて武器を構えるエイゼルに、ガルモールは一度目を閉じてからゆっくり口を開いた。

「本当の目的はそうじゃないんだけどね…。お前の方じゃあ戦うことにしか興味もないんだろう?」
「貴様…本来の目的に揺らぐようなら戦うのは止めた方が良い。後悔するぞ?」
「するつもりはないよ。お前からエイゼルを取り戻すか、俺の道が終わるか。それだけだ」

いつもより重く感じる愛用のカタールを握りしめて、ガルモールは息を吐く。
できるなら刃なんて交えたくない。けれど、そうでもしないと目の前の男を止められる気がしない。サグラモールに誰かがやらないといけないと言ったのは自分で、やるならば他の誰にも任せたくない。
これは俺の仕事だと、過剰なくらい言い聞かせる。

「エイゼル…本当に自分を思い出せないの?」
「自分?何のことだか分からんな」
「そう…分かった。相手をするから…かかってきなよ」

その言葉にエイゼルが目を細めて刀を振りかざしてくるまでは、一瞬のことに見えた。





二人が一撃目の刃を交えてから、それなりの時間が経過した。少し遠くではなるかみとゴールドパラディンが正面から衝突しているんだろうと、ガルモールの思考をよぎる。
先陣で奮闘しているのはきっと赤獅子団の面子だ。いつか帰ってくるであろう団長をいつでも迎えられるように、強く在ろうとしていたのをガルモールは知っていた。だから、余計に悔しい。

「エイゼル、ゴールドパラディンに帰ろう!お前の帰りを待ってる人が沢山いるんだ!」
「帰る?我にそんな場所はない。我が今求めるものは強さのみ」

ガルモールの言葉を嘲るようにエイゼルはそう答え、再び刃を煌めかせる。
ガルモールを殺してしまっても何の差し障りもない今のエイゼルと、エイゼルを殺してしまっては何の意味もないガルモールでは力の差は歴然としていて、肩を上下させながらガルモールはその切っ先を受けた。
そうすれば光なんてどこにも宿さないエイゼルの瞳と視線が絡み、ガルモールは泣きたい気持ちになる。それを我慢して、ガルモールは咆哮とともにカタールを振り払った。その衝撃で少しずれていた兜が完全に頭から外れ、ガルモールの長い紅茶色の髪が宙に散る。
荒い息を吐きながら忙しなく肩を上下させるガルモールに、エイゼルが冷笑を浮かべた。

「どうした銀狼。いつもの貴様の戦い方ではないな」
「…黙ってよ。俺たちからエイゼルを奪ったお前に言われたくない。あいつの強さを理解しない奴なんかに…」
「必死だな、銀狼。闇を受け入れたこの男がそんなに大切か?」
「愚問だね。そんなの当たり前だ」
「この男は我に身を委ねた。これはこの男の意思でもあるんだぞ?」
「それは違う。エイゼルは少し道を見失っただけ。あいつは真の強さを見誤るような奴じゃない。強さを求めても…お前じゃエイゼルには敵いっこない」

挑発ともとれるガルモールの言葉に、確かにエイゼルの目が細められる。
確実に怒らせた。
その確信に、悪寒が走った。

「だが銀狼…貴様では我に敵わない」

エイゼルの口がゆっくりと開かれ、鋭い視線に射られる。けれど、ガルモールも引くわけにはいかなかった。

「…そうかもしれないね。けど良いんだ。俺の中の一番はエイゼルだから。けどやっぱりそれはお前じゃない。だから、さ…エイゼルを返して」
「生意気な犬だ。そんなに死に急ぐか」

その言葉にガルモールが口を開く暇は無かった。
再びエイゼルの刃が光り、それをガルモールが受ける。おさえるものが無くなったガルモールの長い髪が鬱陶しく流れ、エイゼルから舌打ちが漏れた。

「っ、エイゼル!しっかりしてよ!何こんなわけ分かんない奴に乗っ取られてるんだ!」
「無駄なことを…」
「そんなこと分からない!エイゼル、応えて!」

ガルモールの渾身のひと凪ぎがエイゼルの身体を近くの岩へと打ち付けた。僅かな呻きとともに崩れ落ちたエイゼルに、ガルモールは間を置かずに近付く。そして、傷付ける気などさらさら無いままカタールを振り上げた。獣闘気で気絶させれたら。そんなことを考えていたガルモールの動きが、ぴたりと止まった。

「ガルモ、ル…」

久しく聞くことの無かったその口から紡がれた自分の名前に、ガルモールは思わず目を瞠った。

「エイ、ゼル?」
「だめだ…くるな、ガル…っ!」

思わず駆け寄りそうになるガルモールをエイゼル自身が制する。が、エイゼルの一言で混乱したガルモールが瞬時にその言葉を理解できるはずが無かった。
苦しそうに目を見開いたエイゼルの口角が、綺麗な弧を描く。次の瞬間、いつしかガルモールが好きだと言った輝くような金髪に鮮血が散った。それに合わせてガルモールの青緑の瞳が大きく見開かれ、小さく開いた口から呻きを伴った吐息が漏れた。

「っ、は…エ…ゼル…」

手からも足からも力が抜け、カタールを取り落として地に膝をつく。痛みが走る脇腹にそっと触れると、ぬるりとした生暖かい液体がべったりと手についた。
それで、ガルモールはすべてを理解した。

「甘いな銀狼。このまま我が引き下がると思ったか?」
「引き…下がって欲しかったかな…」

痛みにこらえて上を向き、それでもなお笑みを口もとに浮かべるガルモールに、エイゼルが冷たい視線を送る。そのままガルモールに歩み寄り、晒されている前髪を容赦なく掴んだ。

「っ、ぅぁ…えい、ぜる…」

激痛に顔を歪ませるガルモールを無理やり立たせ、エイゼルはつまらないと呟く。しかしもはやそんなことは耳に入っていないのか、ガルモールは震える腕をエイゼルへと伸ばした。

「よか、たエイゼル…やっぱりそこにいたんだね…?」

苦しそうに、それでも弱々しく笑いながら言葉を紡ぐガルモールの手がエイゼルの頬に触れ、その頬が赤く染まる。

「ごめん…ねエイゼル…っ、お前の苦悩に…気付けなかった…」
「や、やめろ…」
「ごめん…お前が現れたのも…おれのせい、だね…」
「銀狼!それ以上言うな!」
「強く…なくていいから…。そんなに、がんばらなくていいから…」
「っ!」

ガルモールの言葉に、エイゼルが目を瞠った。前髪を掴んでいた震える手がそれを離せばガルモールの身体がふらつき、エイゼルの方へと倒れ込む。呆然としたままその身体を支えることもできずに、エイゼルは後ろへと尻をつく。そのエイゼルの腰に、ガルモールはゆっくりと腕を回した。力の入らない腕は細かく震え、抱きしめると言うより縋りつくように。

「エイゼル…ちかくにいて…。おれのそばに…いてよ…」
「……」
「すきなんだ…どうしようも…ないくらい…。もう…、ひとりにしないから…さ、」


「もどってきて…エイゼル…」

誰よりもエイゼルのことを想い、支えた銀狼団長は絞り出すような声とともに意識を手放した。






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