◎ T
絶望の極みに立ってた人々を希望の元へと導いていた灼熱の獅子が闇に飲まれた。
そのエイゼル不在の穴を埋めるように、いつもは単独行動を好むヴォーティマーが団長室の一角に座って迎える、二回目の大きな戦い。
戦の準備をしていた三人の鼓膜を、バタンと騒がしい音が突いた。
「白兎団長!」
部屋の扉が開き、白兎の鎧を纏った少年兵が姿を現す。
「どうした、何かあったのか?」
「はい。突然なるかみが進軍を開始しました」
「!またなるかみはいきなり…」
「あの、それから…」
一瞬焦りの色を見せたペリノアを遮るようにして、メッセンジャーはガルモールをチラリと見てから目を伏せて口を開いた。
「赤獅子の団長が…姿を見せました」
ガルモールが弾かれたように反応を示し、その瞳が揺らぐ。
少し前何かがきっかけで騎士団から姿を消し、姿を見せるのは二回目になる。
「エイゼルが…それであいつは?」
「今のところ手を出して来る様子はありません。が、用意は万端整っているようです。強い者を見定めていると言うか…」
淡々と様子を告げるメッセンジャーの言葉を聞くたびに、ガルモールの表情が曇っていく。が、少年兵が残り少ない報告を終えると、ガルモールは素早く立ち上がって言った。
「ペリノア、ヴォーティマー、俺たちも早く行こう。なるかみが近付く前に配置につかないと…」
暗く淀む瞳を隠して白いマントを翻すガルモールに、白兎団長と黒馬団長は大きく頷いてその後に続いた。
はやる心を抑えてガルモールが屋外へ出た時、なるかみの先鋒と思われるドラゴンたちが見えた。対してゴールドパラディンの先陣を務める赤獅子団も、団長不在のなか準備をすでに終え、しっかりとそのドラゴンたちを見据えていた。
「ガルモール!」
ふと、自分の名前を呼ぶ声がして、ガルモールは俯かせていた顔を上げてその声の主を捉える。
「サグラモール…」
「銀狼団の配置は言われた通りにしておいた。あとはガルモールが来るだけだ」
これから剣を奮うと言うのにいつも通りの明るさを保ったまま報告をする友人に、ガルモールは一度唇を噛んでから躊躇うように口を開いた。
「そのこと…なんだけどさ…悪いけど今日はペリノアかヴォーティマーに任せたいんだ。銀狼団のこと…」
苦しそうに、それでもはっきりとガルモールが告げる。サグラモールが眉根を寄せ、ペリノアが不可解そうな顔をした後に、まさか…、と口走る。ヴォーティマーは僅かにガルモールを見ただけで、特には反応を示さない。
「どうして…」
「ガルモール、お前…」
サグラモールとペリノアの声が見事に重なり、ガルモールはへらりと薄い笑みを浮かべて見せた。
「俺はエイゼルのところに行く」
その言葉にペリノアがやっぱりかと言うように瞳を閉じ、それに反してサグラモールが胸ぐらでも掴む勢いでガルモールにつめ寄った。
「エイゼルのところって…お前…!」
「誰かが行けなくちゃいけないんだサグラモール。それに…エイゼルがああなったのは俺がちゃんと気付けなかったから…」
「それは違うだろ?エイゼルのことは騎士団全体の問題だって言ったじゃないか!だからガルモールが一人で気にかけることじゃあ…」
「そうであっても!仮に…俺のせいじゃないとしても!…あいつは俺が取り戻す。これはすごいエゴなのかも知れない。けどあいつだけは…俺が何とかしなくちゃいけないんだ!」
普段声を荒げることの少ないガルモールに、ざわめいていた周囲が静かになる。
戦いを迎えるなら仲間の関係は良好に過ぎたことはない。
いつしかそう誰かに言われたことを思い出し、ガルモールは慌てて口を開こうとした。が、今の今まで黙っていたヴォーティマーがサグラモールの腕を引っ張って沈黙を破った。
「銀狼、こいつらはこちらで何とかしよう」
「ヴォーティマー…」
「だから赤獅子を連れて帰って来い。確実に、だ…」
期待も不安も心配も滅多に口に出さない黒馬団の団長に、ガルモールは目を見開いてからしっかりと頷いた。他人に興味が無いようでも、彼は彼なりにエイゼルの存在の大きさを理解しているのだ。
「分かった。ありがとう」
腕をがっしりと掴まれたサグラモールは不安に染まった目でガルモールを見ていたが、結局無言のままこの場を去っていった。
「ガルモール…」
「ペリノア、全団の指揮は任せたから…お願いします」
「…ああ」
何か言いたげな年長の白兎の騎士の言葉をわざと遮って、ガルモールは愛用のカタールを持ち直す。自分の我が儘にペリノアが頷いてくれたのを確認してから、ガルモールは薄い笑みを浮かべた。
「ちゃーじがる、悪いけどお前にはついて来て欲しいな」
何も言わずにいても足元にすり寄ってきた戦友の頭を撫でて、ガルモールの目が細められる。
「お前には…大切なことを頼みいんだ」
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