小説 | ナノ


私にあって、貴方にないもの




ホワイトデーライブで、ファンにお菓子を食べさせる。悠介からの提案を聞いた時、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
ファンサービスにしては過度だとか、そういう話ではなく日頃悠介から“同じ事”をされている事を“プロデューサー特権”と思っていた己に対するショックだ。一人の大人として、プロデューサーとしてあまりに愚かしい勘違い。
悠介は、年相応の感覚というものがない。生まれた時から一緒の弟と、男所帯のサッカーチーム。女性への距離の取り方というものを知らない。それは分かっていたはずなのに、その近さに胸の高鳴りを抑えられない自分がいた。情けなくて、事務所に誰もいなくなったの皮切りに涙が溢れる。ああ、化粧が落ちる前に拭き取らないと…。
「監督?」
ティッシュを取ろうと立ち上がった、まさにそのタイミングで正面の入り口から声がした。
「えっ…なんで泣いてるの…?」
「め、目薬!差すのに失敗しちゃって!」
口からは簡単に嘘がついて出た。
「そっか、ちょっとびっくりしちゃったよ」
「うん…ごめんね」
そうだ、ティッシュ取らないと…あれ?見つからない。また誰かがどこかに持って行ったのかな。
「監督」
「あ、悠介ティッシュどこか知らない?」
「…これ?」
どれ?と確かめようと振り向く。
ふわりと影が差した。その正体は悠介の顔で、唇には甘く柔らかい感触。
「……あ」
反射的にそれを食む。口の中で柔らかく溶けていくそれはプレゼントにすると言っていたギモーヴだと、悠介の片手に握られたパッケージで気付いた。
身体を離した悠介はへへっと悪戯っぽく笑う。今のは、一体。
「俺は監督のこと、特別って思ってるよ」
ぺろりと唇を舐める姿にゾクリと背中が粟立つ。誰かこの衝動を止めてくれたらいいのに。