小説 | ナノ


王子様と魔法使い



今後のスケジュール調整、各所へのメール。
これで今日の仕事も終わり。
次の仕事は、Beitを中心にしたミュージカル。優しい王子様が、お姫様と恋に落ちる。けれどそれはお姫様に変身した魔法使いの罠だった、そんな話。
例のミュージカル監督の作品で、出演者の気合は十分だけれど、王子役の渡辺みのりはまだ役を掴みきれていない。

事務所を出て息を吐けば白い水蒸気が目の前を漂う。
歩き出すこともせず、ぼんやりとそれを見つめていると不意に目の前が眩しく光った。
「迎えに来たよ」
光の先から聞こえた声は、担当アイドルのものだった。

「…みのりさん?」
「あ、ごめん。眩しかったね」
かちり、ライトを消す音と共にバイクに跨った彼の姿が見える。
「今日、現場から直帰でしたよね?」
「うん、でもなまえに早く会いたいなあと思って」
はい、と雑に投げられたヘルメットを受け取る。隠そうともしないその言動にため息をつきながら、彼の後ろに座る。
「…ここ、事務所前なんだけど?」
「どうせ帰るの最後でしょ?」
「そうだけど…」
「なら大丈夫だよ…ほら、ちゃんと捕まってて」
服を掴んでいた腕が前へと引っ張られ、自然と抱きつく体制になる。一瞬触れた手はすっかり冷えていた。
エンジン音を聞きながら、家への道を走り出す。
「…さっきの」
「ん?」
「さっきの"迎えに来たよ"って、王子様みたいだった」
「台詞が?」
「ミュージカルで使ったら良さそうだなって」
「また仕事のこと考えてたの?」
ちょっと呆れたような声になるみのりに、少し申し訳なくなる。
思えば最近、"恋人"として過ごす時間も減っていた。
「…ごめん」
お詫びにと抱きつく力を強めてみれば、彼が笑う動きもすぐにわかった。
「いいよ。でも、帰ったら思う存分付き合ってもらおうかな」
「え、みのり今日泊まるつもり?」
「ダメ?」
表情は見えないけれど、この声色は私に有無を言わせないつもりだ。
「……。」
「泊まる準備してきたけど」
「……。」
「お酒もあるよ」
「…。」
「それとも、俺がいい?」
「…っわかった!わかったから!!」
「よかった、このままだと無理やり押し入る事になるとこだったよ」
お泊まりするのは確定なんだ…。
気付けば自宅の目の前で、バイクはゆっくりと停車する。
「そうじゃないとなまえ、家でも仕事しそうだからね」
「…それは」
「恋人の変化に気付かないと思ったの?」
ヘルメットを脱いだみのりは、心底愛おしそうに私を見つめる。
それに応えようと、私はヘルメットを脱いで彼に抱きつく。
こんなに優しい綺麗な王子様が、バイクに乗って、魔法使いを連れて家に帰るなんて、とんでもない御伽噺だ。

「ふふっ、『俺は魔法使いを幸せにする王子様だよ』…なんてね」
「今の言い方、明日の稽古で…「なまえ?」ごめんなさい…」