小説 | ナノ


狐のワルツ



どこかで鈴の音が聞こえる。
ぼんやりとした思考の中、目を開くと真っ赤な鳥居が見えた。
「ここは…」
足元には重厚な石段。どうやら神社の参道を上っているようだ。
階段に落ちた枯葉、吹く風はどこか涼しさを帯びている。
だんだんと自分の置かれた状態を認識しつつ、未だ続く階段を上がっていく。
頂上まではあと少し。ずっと歩いていた気がするのだが、不思議と息は切れていない。
「着いた…?」
目の覚めるほど赤い鳥居、左右対称に並ぶ狐の石像。奥には社が見える。
それらをじっくり見ていると、不意に強い風がふいた。
「っ…」
視界を覆う程の紅葉に目をつぶる。再び目を開くと、そこには一人のヒトがいた。
着物の裾は藤色に彩られぱさぱさと風に揺れ、紅葉の如く真っ赤な袴の後ろからは月のように白い尾が飛び出し、同じ色の耳は芒色の頭の上でつんと立ち上がっている。その芒色の下で、金色の瞳がこちらを見ていた。

「ナツ、キ?」
あれは、確か去年の秋に神社でしたライブの時の衣装…だったと、思う。
というのも、もふもふえんの三人と春名、そして夏来。この五人が狐に扮して演舞を行ったのだが、その時の衣装は着物に狐の面だった。それがどうして狐の耳と尾がついているのか。それに、あの目は…?
顎に手を当てて見つめ返していると夏来は踵を返し、社の裏へと言ってしまった。
「あっ、待って…!」
慌てて後を追う。社の裏へと回ると、夏来は日陰の中で静かに佇んでいた。
「夏来…?」
「…。」
そっと近寄ってみる。なんだか、夏来が夏来じゃないみたいだ。
よく見ると、尻尾がぱたぱたと揺れている。どういう原理…?
「…。」
「おーい…っうわ!?」
目の前で手を振ってみると、突然夏来が私の腕を引いた。
ぼすん、という軽い衝突音。もしかして今私は夏来に抱きしめられているんじゃないか?
「夏来?ちょっ…とおおっ!?」
急に離れたかと思えば、また腕を引かれ今度はくるりくるりと視界が回る。
何が何だかわからない。夏来は何もしゃべらないし、その割にニコニコしているし、尻尾はぱたぱた揺れているし。
何十秒か、何分かした頃に、これは踊っているのではないかと気付いた。とはいえ、普段のステージで彼らが見せるようなダンスではなく、あの演舞とも違う…言ってしまえば、舞踏会で踊るワルツのような。
腕を引かれ、離れ、くるりくるりと舞い踊る。
「…。」
夏来は何も話さないけれど、なんだか幸せそうで私も笑みがこぼれる。

どれだけ踊ったのか、流石に疲れ切った私たちは参道の石の上で寝っ転がっていた。
「楽しかった?」
「…うん。ありがとう、プロデューサーさん」
「……!」
灰色の瞳と目が合った瞬間、私は何かからすうっと抜けていくような感覚に包まれ―…。

「おはようございまーす…。」
眠い目を擦りながら、事務所の扉を開ける。起きたらなんだか体がものすごく疲れていて、とはいえ体調は悪くないので疲れの残った身体で出勤してきたわけだが物凄く眠い。うう、有休もらうべきだったかな…。
「プロデューサーさん、おはようございます!」
「おはよう山村ぁ…。」
「プロデューサーちゃんおっはよー!ってなんだか眠そうっすね?」
「おはよう四季…なんか変な夢見ちゃって…」
「夢っすか?」
「うん…」
「夢といえばナツキっちも今日見たって言ってたっす!」
「へ、へぇ…」
ナツキ、というワードに体が跳ねる。…なにもやましい夢を見たわけではないのに、なんで意識してしまったのだろう。あー、高校生はマズイって私…なんて思いながらデスクについてPCを起動する。
「でもナツキっちゴキゲンなのに教えてくれなくて!プロデューサーちゃんは教えてくれるっすよね!?ね!?」
「関係ないでしょー…ほらさっさとレッスンの準備していってらっしゃーい」
「わーん!意地悪―!」
「ほら四季くん、プロデューサーさんの邪魔してないで行きますよ」
「わっ!?ジュンっち!い、今いくっすから襟掴まないでー!」
「んじゃ、行ってくるなプロデューサー!」
「行ってきまーす!」
「はーい。いってらっしゃーい」
四季を引っ張る旬、続いて春名、隼人と出ていくのを見送る。
最後に夏来を見送ったら仕事を始めよう、と夏来に目をやると、ばちりと目があった。
「プロデューサー…」
「っ…な、なに?」
「行って、きます」
ふわりと微笑み、夏来は出ていく。
片手で、狐の顏を作って。
「………行ってらっしゃーい…」
困ったことに、私は化かされてしまったらしい。