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あまいもの



ここ最近、まともに食事をとっていない気がする。
私はBeitとLegendersの海外撮影を目前に多忙を極めている。
荷造りに、北村さんと葛之葉さんのパスポート発行、スケジュール調整、私がいない間の業務内容の伝達とそれから…ああ、なんだか目の前がくらくらしてきた…。
「…っと、プロデューサーさん?」
「…東雲さん?」
腕を引かれる感覚と、鼻腔をくすぐる甘い香り。
顔を上げると、驚いた様な表情があった。
「……あ、すみません。ちょっと立ちくらみが」
ゆっくりと立ち上がるも、手で制される。
「また無理しましたね?」
「そんなことは」
「言いましたよね。体は資本だって。とりあえずそこに座ってなさい」
「はい…」

こうして強く言われると、何も言い返せない。いつからこんな厳しくなったのだろう。いや、最初から厳しかったような気もする。だとしたら最近甘くなった…?
先ほどまで誰か座っていたのか、まだぬくもりの残るソファで考えを巡らせているとだんだんと瞼が落ちていきそうになる。慌てて頭を振ってみるが、どこかぼんやりとした感覚がする。

「プロデューサーさん、起きてはります?」
「…一応は」
「良かった。まだ仕事残ってるんでしょう。これ食べて、頑張って下さい」
「これは…」
机の上に乗った天板には、きつね色に焼き上げられたマドレーヌが並びふんわりと優しい香りを放っていた。
「店なら一日置いて出すんですが、焼きたても良いものですよ」
何せ急ごしらえで作ったので、と付け加えたが流石はパティシエだ。しばらく来なかった食欲が一気にわいてきた。
「いただきます!」
サクサクとした表面と、ふんわり柔らかい中の生地。味はシンプルで甘すぎないだけに、いくらでも食べられそうだ。

「まだありますし、全部食べてしまって構いませんよ」
全部!?この鉄板一枚分!?
「わ。私を太らせてどうするつもりですか!」
「取って食います」
「食…!?」
「性的に」
「性的に!?!?し、東雲さん疲れてます!?」
「ああもう、はよ終わらせて帰ってください…でないと本当に食いますよ」
「……はい」

ものすごく大きなため息を吐いた東雲さんを横目に、私はデスクワークを再開した。
が、集中できるわけもなく。
その後どうなったかは、………ご想像にお任せします。