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もっと知りたい




「いただきます」
都内の一角に建つ大手プリズムスタァ排出校エーデルローズの学生寮。
私はそのお隣に住むしがないOLだ。
数年前に亡くなった親族から譲り受けたこの一軒家で暮らしている。

一等地なこともあり、やたらと広いこの家は小さな農地も保有していた。
もともと趣味の少ない私は家庭菜園に夢中になり、気づけば自分で処理しきれないほどの量を育てるようになってしまった。
そんな大量の収穫物に困っていた所、豪華な柵越しに聞こえてきたのが彼の声だった。

「――やっぱり、ダメみたいですね」
「無理して育てることないぞ、ミナト」
「でも、少しでも経費の削減になればと…それに、みんなに美味しいって言ってもらいたいですし…」
あれは…事務員さんに、エーデルローズの学生さん?

「土が悪いのかなあ…」
彼らが見つめる先には病気にかかった農作物。あら…かわいそうに。
不意にガシャン、という音がした。どうやら手に持っていたスコップを手放してしまっていたようだ。柵にぶつかり盛大な音を立てたそれは、全員の注目を浴びる。
「ど、どうも…」
「貴方は…お隣のみょうじさん?」
「そうですけど…」
「あの、お願いしたいことが!」

――と、そんな訳で私はエーデルローズの学生さん…高梁ミナトくんに野菜の作り方を教える代わりに、彼の作る料理をいただいている。
最初はお裾分けに、と持ち帰れる位のおかずなんかを貰っていたのだが、私が一人暮らしだと知るとこの寮でご飯を食べていくことを勧められた。
「ミナトくんは本当に料理上手だね」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「うん、このトマトのマリネとか甘みが引き立ってて美味しい」
今日の献立はたっぷりキャベツとイカのクリームソーススパゲティに黄金コンソメスープ、そして朝採れトマトのさっぱりマリネ。食後には紅茶までついてきて値段はなんと無料。こんなに良い所、そうは無い。
「これはコウジさんが教えてくれたんです。トマトが苦手な人がいるって言ったらこれをって…」
「えっ美浜くんに言ったの…?!恥ずかしい…」
「僕に言うのは恥ずかしくないんですね…」
彼は静かに苦笑した。
「…あれ。確かに」
「でも、それって僕だけの特権じゃないですか?」
「特権?」
「はい。俺がなまえさんの苦手な事知れるのも、ご飯作るのも、僕の特権ですよね」
「…そうかも。人に言った事なかったし…」
会社での食事も、トマトはどうにかして避けてきてた。この歳でトマトが苦手って公言するのはなんだか恥ずかしいから。
それなのに不思議とミナトくんには言えた。
「ふふ、これからもなまえさんの色々な事教えてくださいね。」
「もう色々教えてるよー…」
「そうですか?でも…ああ、なんでもないです」
「?」

(―でも、あの日までずっと隣に住む貴方の事が気になっていたから。
…なんてまだ言えないなあ。)